選挙上手の出馬表明と+横須賀をロケ地にした映画

選挙上手の出馬表明と+横須賀をロケ地にした映画
 24日各紙に吉田市長出馬表明の記事が出た。
その前日の23日の昼過ぎ携帯を見ると市長から不在着信があった。
この時期に何のようかと思ったがコールバックはしなかった。それから1時間くらいたったらまた本人から電話があり、用件は「これから出馬の記者会見をするのでよろしく」という事であった。「ご丁寧に」と言って電話を切ったが、どうやら廣川支持以外の会派議員に電話をしたらしい。選挙にかけては、本当にマメだね~としみじみ感じた。
従属の精神構造は変わったのか  
 1月中神田の神保町シアターで、50年代から70年代初めまでロマンポルノ移行前の日活映画がリバイバル上映されている。
 22日に久しぶりに『豚と軍艦を』 を観に行った。
 この映画が撮られたのは60年安保真っ盛りの1960年。公開はその翌年の61年1月だから私が小学5年から6年になる時だ。当時学校や職場(労組)で演劇活動が盛んだったから、高校生などがエキストラで出演したとか姉の話などで聞いていた。
 60年61年は安保や当時の世相を批判した映画が多く作られている。大島渚の『日本の夜と霧』や黒澤明の名作『悪いやつほどよく眠る』(60年9月公開)などがその代表だし、『豚と軍艦』も基地に依存し寄生する、横須賀の町の有り様を喜劇にして表現している。今と比べ映画会社も表現の自由を保障し、ある一線を越すと大島のように退社せざるを得なくなるが、客さえ入れば権力批判の映画も作らせた。監督や俳優も良い映画作りをしてまさに映画を通じて表現活動をしている。
 さて映画『豚と軍艦』だが、61年1月公開。
今村昌平監督、長門裕之、吉村実子主演。日活製作・配給。白黒シネスコ / 108分。
基地の町・横須賀で米海軍の残飯を流用して養豚でひと儲けをたくらむ、やくざ組織があったと言う設定だ。豚の飼育係を任され出世の夢を見たものの、内部抗争から最後には組織から撃たれ殺されるチンピラ男役の長門裕之と、その恋人で、基地に寄生する家族、周囲に翻弄されながらも自分の足で歩んでいくハイティーンの吉村実子。二人の生きざまを通して、戦後日本の現実を寓意的に描く(一部ウキペディア引用)。
 この映画はどぶ板通りを中心に描くからパンパン、オンリーなど60才以上の横須賀育ちにとっては「懐かしい」言葉のオンパレードだし(今は放送禁止用語?)、オンリーになって家に金を入れろと吉村実子の姉役(中原早苗)や母親役の菅井きんが平気で言うが、今この映画を観て、ここに出てくる奴らと精神構造が違うと明確に言える横須賀っ子はどのくらいいるのかと思う。 
 こんな生活は駄目だと理論展開はおぼつかないが「川崎の工場でまともに働く」と言って横須賀駅から電車に乗る吉村実子を今の国道のトンネル上(山から)から俯瞰して撮り、右に臨海公園が写る中11両電車が東京方面へ向かうところでエンドタイトルが出る。このラストシーンや吉村実子から言わせる台詞は「占領軍基地に寄生しないで自活しろ」が今村昌平監督のメッセージだろう。
空母入港で潤った横須賀の基地経済 
 もう一つ映画の中で「空母が入るぞ」とか「空母が来るってよ」の会話シーンがありどぶ板で稼ぐ連中が色めき立つシーンがある。またラストシーンでは空母入港に備えて佐世保からホステス達が大挙来て吉村実子とすれ違うシーンがある。去る者向かう者の対比である。この「空母が入るぞ!」との期待感が分かる人も相当減っただろう。
 60年前後に寄港する空母は第2次大戦時のエセックス型か、大戦後に完成したミッドウエークラスのコーラル・シー(コロ・シーと発音した)が良く入港した。50年代後半から建造されたジェット機対応の大型空母フォレスタル級の入港はベトナム戦争が激化してからだ。と言っても3万トン規模のエセックス級でも3千人ほど乗り組み護衛の駆逐艦も入るから4,5千人が横須賀に金を落とす。北爆(北ベトナム爆撃)が本格化する65年以降は空母2,3隻の同時入港もあった。 
 ベトナム戦争終結以降は、ドルの価値がどんどん下がり、空母が入っても金にならず騒がなくなった。但し73年からはミッドウエー母港化問題となりデモで騒がしくなった。私はベトナム戦争後半期にタクシー会社のメカニックをしていたから覚えているが、空母が入ると横須賀のタクシーは運輸省から「特別認可」がおり、1日の走行制限距離360kmが30km延長になり390kmまで走り稼いで良いことになっていた。
 またベトナム戦争終結までは空母が入ると1日中横須賀基地内だけを走り、いっぱしの水揚げをあげる運転手もいた。1ドル360円(現在の4倍の価値-物価は10分の1以下)というドルが強かった時代は、如何に横須賀の町が基地経済に影響を受けていたかが分かる。
 更に朝鮮戦争時はパンパン宿にセーラーを何人も連れて行き、パンパン屋からのキックバックの方が売り上金げより多かったという話も古手運転手から良く聞かされた。
 映画『キューポラのある街』で飲んだくれ父親役の東野栄治朗が、「戦争さえあれば工場はフル操業でパーット儲かるんだ」と言うシーンがあり、「テメエまだ朝鮮娘とつきあってるな」と罵倒される吉永小百合が「お父さんみたいなのを無知蒙昧って言うのよ」と言い返すシーンがある。これは鋳物工場の川口だけの話ではなく、私の周りにいた運転手や近所のおじさん達からも、また朝鮮で戦争があれば儲かる、みたいな話は良く聞かされていたからジュン役の吉永小百合のセリフはその通りだと思った。
 アメリカはベトナム戦争で戦費を使いすぎ、ブレトンウッズ体制も71年に崩れドルも360円の固定相場から変動相場制になって42年、今は日本の資産を上納させられる立場にかわった。独立してから60年以上たっても属国である日本を認識するためにもDVD化されているから是非本作品は観る価値あり。
映画の活用も下手な横須賀市 
 またここまで徹底した横須賀ロケの映画もこの映画の後はないはずだ。
 横須賀をロケ地にした映画では
 喜びも悲しみ幾年月 1957年 松竹 木下恵助監督 出演高峰秀子 佐田啓示
 潜水艦イ57未だ降伏せず 1959年 東宝 松林宗恵監督
                  出演 池部良 平田昭彦 三橋達也 
 忘れられぬ人々(2001年、DVD化)原案監督 篠崎誠 出演 三橋達也 大木実 
  ベック 2010年公開
 などがある。
 『忘れられぬ人々』はこれまた横須賀ロケが多く内容も良い映画だ。だが殆どの横須賀市民はこの映画を観ていないだろう。この映画では新興宗教(本部が防大下のシャロームになっていた)が空襲で子供を失わせた老婆を脅して壺などを買わせるシーンは、復興と社会保障のために増税しますという国の詐欺的実態とを被せてみると理解しやすい、現代に通じる映画なのだ。
 ベックは原作は漫画だが横須賀ロケ多しとは宣伝されなかった。映画内容は私からすればB級で感覚が違いすぎ薦めないが、今様監督の作風を知るにはよいだろう。
 『潜水艦イ57未だ降伏せず』は、ドイツ降伏後、海軍が和平工作のために某国外交官親娘を潜水艦でスペインに送ると言うストーリーで、潜水艦内で和平を巡って鋭い対立もおきると言うストーリーだが、54年前の長浦桟橋がロケ地で、米から貸与された大戦中のガトー級潜水艦「くろしお」がイ57として接岸しロケをしている。その遠景には夏島の格納庫や、まだ米軍接収中で横須賀航空隊の旧海軍飛行場の様子が写っている。
 しかしここまで書いていて、本当に横須賀市は横須賀とゆかりある映画の活用をしていないと思う。知的遊び人がいないのだな。
 喜びも悲しみも幾年月は映画史に残る名作だし、冒頭の20分間ほどは観音崎灯台を舞台に展開する。俳優のバックに東京湾が写るが海は奇麗で、今と違い航行する船舶が殆ど画面に映らない事も発見できる。
 そして豚と軍艦は初めから終わりまでロケ地は全編横須賀である。
 50年前の横須賀の風景がJR横須賀(当時は国鉄横須賀-戦前は省線横須賀駅と言っていた)、から安浦埋め立て地、大津馬堀海岸の海岸線と国道16号、そして豚舎が写る観音崎が豊富に出てくる。60才以上の横須賀生まれなら懐かしい風景がてんこ盛りで出てくる。黒松が生えている猿島も遠景に写る。
 ネットで検索したら「豚と軍艦」とロケ地があり現状との対比をしているが、どうも50代以下の者が書いているようで横須賀駅界隈のことしか書いていない。
 特に豚舎のロケ場所(オープンセット)だが、背景に観音崎灯台がハッキリ写っているところから、現在の海自占有エリアで、なだしお殉難碑がある砲台跡地がその場所らしい。この豚舎にトラックで豚を運ぶシーンがあるから昭和30年代前半には現在の海岸沿い遊歩道は出来ていた事になる(6トントラックが走る)。
 また豚で儲けようと企む日守組を脅す、やくざの古手親分を殺して海に捨てる為、死体を船に乗せるところは陸軍が作った円形の潜水艦聴音所であり(灯台からよく見える異様な円形構造物)撮影用に掛け替えたのか、まだ戦後15年のためか木の橋が架かっている(橋は現在落とされている)。
 当時は戦後15年で軍用地の観光化が促進されており観音崎三軒家にキャンプ地もあった。多々羅浜には観音崎自然博物館も作られたし京急の宿泊施設もあった。
 昨年3月で海自は礼砲所を除いて実質観音崎から撤退をしている。ロケ地となった砲台跡はキャンプ地等海と親しむ施設にもってこいだが、市も県も防衛省に返還をと掛け合っている様子はない。想像力の欠如で海との遊び方を知らないから活用策が出てこないのだ。
 集客、 集客とかまびすしいが一向に具体策が出てこない。ダイエーのヒューマックスで軍港観光船下船時に合わせて、横須賀ゆかりの映画を上映するのも良いではないか。
 6月には吉田、廣川の一騎打ちの市長選になるのだろうが、どちらからも横須賀の潜在素材を活かす案は聞けていない。どちらにも知恵者はそういないようだ。
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by ichiyanagi25 | 2013-01-26 11:29

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