政党と財閥そして資金提供の関係

政党と財閥そして資金提供の関係
 渡辺喜美がみんなの党の代表を辞任した。
 メディアは相変わらず「政治とカネ」と一括りにして、法務官僚の要請或いはリークによってやり玉に挙げた政治家を追及するが、小沢一郎氏の場合とは今回も又明確に違うことで、秘書も逮捕されないし、何より渡辺喜美は政治資金規正法や公選法に「該当するか」などと特捜はコメントしている。
 小沢一郎「生活の党」代表を政治的に葬ろうとした時(現状では負けのママだ)の「政治とカネ」問題とは表現は同じでも追及攻撃の方法が今回はまるで違う事に注目すべきだろう。
 今回は渡辺氏を完全に政治の中心から葬り去ろうとしている意図は見えにくい。
 党首辞任で渡辺喜美の責任がうやむやになるとすれば、次は「ぐず野党再編」に向かうか、或いは多くが新自由クラブのように自民党に併合され、みんなの党は消滅させられていくのだろう。
 さてみんなの党が立ち上がったのは政権交代確実と見られた09年8月だ(渡辺喜美の自民離党はその半年前ほどの麻生政権時代)。
 この件は、誰またはどの勢力が資金提供して「みんなの党」を作らせたのかを探る方が構図が見えやすい。まあしかし小沢一郎氏を民主党から追い出した権力村の重要構成員である大手新聞やその系列テレビはそんな国民の為になることはやらないから、岩上さんとかフリーランスのジャーナリストが追及して欲しい。
政党と資金源
 日本の政党は明治の国会開設とパラレルに作られた政友会と民政党の2大政党制で昭和15年、近衛内閣時に大政翼賛会が出来るまではこの2大政党が国政をになった。
 その資金源というかパトロンは政友会は三井財閥が応援、民政党は三菱財閥が資金を提供していたことは歴史的事実で憚られず語られている。
 そして三井はロスチャイルド、三菱はロックフェラーという国際金融資本の系列にある。一番は両財閥と国政金融資本との関係をよく認識することが歴史と諸問題の理解に役立つ。
 敗戦後保守党は分裂したが55年に保守合同してから以降の三井、三菱との関わりは戦前の2大政党の時のように明確にはされていない(メディアが隠している)。
 歴史を厳しく見れば明治(薩長)政府は英国やフリーメーソンの影響を強く受けて作られている。19世紀末まではアメリカは新興国だし、日本にペリーが押しかけてきた19世紀半は「西部開拓」を終了しようやくアジア太平洋への足がかり(ハワイ併合など)を付けにかかった段階である。
 アメリカは英国の機先を制して日本を脅して(砲艦外交)日米和親条約を幕府に飲ませてさあ日本支配にかかろうとした矢先に南北戦争が起き、一時日本から手を引かざるをえなくなった(倒幕を英国に任せた)。
明治政府は小栗のパクリ
 この時、幕府は薩長のウラにつき倒幕を画策する英国を警戒してフランスと結んで横須賀に軍港と造船所(後の工廠)を作り、植民地にされないために近代海軍を持つ事にしたわけだ。
 日本の独立を守るために近代陸海軍を持たねばならぬとした幕府、幕閣の功績はその後の明治政府により消される(歴史は勝者の記録であり書き直しは古今東西の常識である)。
 横須賀に軍港、造船所を作った功績者小栗上野介は新政府により処刑されるが、榎本武陽や大鳥圭介のように新政府と一戦交えた者が捕らわれても助命され更に新政府に登用されているのに対し、小栗の場合一切助命運動も起きず斬首されていることは記憶にとどめるべきだろう(小栗は横須賀に軍港を作ったように先見の明があり、英国模倣の薩長はその路線をなぞったと言える)。
三菱、三井と帝国海軍
 さて話を変えて2大財閥(2大政党)と帝国海軍の関係である。
 財閥の三井、三菱と海軍の関係をみるとに軍人と政治そして財閥との関係が密接なことがよく分かる。
 三菱の船会社は日本郵船で、三井はそのものずばりの商船三井だ。明治政府になってこの2大財閥(三菱-岩崎弥太郎-は振興勢力でロックフェラーらの強力な後押しがあった)は「開国」により貿易を盛んにして海運で財をなすが、修理建造のために民間造船所が必要だった。
 なお民間造船所が活動し出すのは西南戦争等(反主流派一掃)が終了し薩長政治が「確立」してからの明治10年以降だ。小栗らがフランスに依頼して作った横須賀製鉄(造船の意味)所は明治政府になるとすぐには海軍省管轄とはならずに、まず大蔵民部共同管理となり、その後岩倉使節団が出かける頃には工部省の管轄となる。
 明治3年には民間船の修理の要請を受けつけ、その10数年後に鎮守府が置かれるまでは、むしろ民間船の修理の方が多い。なお明治の10年代まで機械化事業を担当できるのは横須賀造船所だけだった。
 それゆえ生野鉱山の掘削機械や富岡製糸場の建設などを受注、請け負い、また交易海運のために列強から求められた各港に不可欠の灯台建設も請け負っている。
 横須賀造船所が初の軍艦「清輝」を完成させるのは1号ドック完成から5年後の明治9年である。要するに船に関しては建造よりも軍民問わず修理を優先していたことになる。
 横浜は商港として生糸貿易や外国航路の東日本の代表港として多くの商船が行き交うが、三菱の岩崎は「いちいち横須賀まで修理に回航するのは不便だ」と嘆いてこれが横浜船渠や浅野ドックなどの建設につながる。
 ところで大正以降、国産軍艦が当たり前になり、巡洋艦などは同型艦を4隻づつ1ユニットとして建造するようになると、まずネームシップの1番艦は横須賀か呉の工廠で作り、その後の2、3,4番艦となると三菱長崎や川重神戸(三井資本)で建造する。
 浦賀船渠などはB級で受注した軍艦では軽巡が一番大きく、駆逐艦や海防艦(商船護衛艦)、駆潜艇など小型の艦艇しか受注できなかった(戦後住重になっても護衛艦発注ランクは4、5番目だった)。
 太平洋戦争直前の主力艦建造を見ると分かるが、大和型戦艦は当初4隻建造予定であった(大和、武蔵、信濃、紀伊)。国力から2番艦までしか作られなかったが大和は呉工廠で2番艦武蔵は三菱長崎で建造されている(3番艦信濃は空母として建造したがこの3隻は皆惨めな沈み方をしている)。
 大和と同じく丸三計画(海軍の建艦計画-予算成立)で作られた戦前の空母の集大成としての翔鶴級空母(太平洋戦争で大活躍)は1番艦翔鶴は横須賀工廠、2番艦瑞鶴は川重神戸で建造されている。如何に海軍と三井、三菱2大財閥の関係が深いか分かろうというものだ。
戦後はアメリカの動きが重要
 戦後の政党の援助についてはまずGHQの介在があり、占領施策は間接統治だから米の占領政策に従う政党づくりに力を注いだ。
 米ソ冷戦と朝鮮戦争からのサンフランシスコ講和体制以降はCIAやアメリカの絡みが出て来て現在につながる。常識的には保守党には経団連など保守経済界が資金援助するが、経済同友会などそれぞれ思惑を持った団体も絡んでくる。
 倒閣運動や誰かを押し上げるときに米国が絡む話はいろいろあるが、系統的に戦後アメリカが政党にどのように資金提供したのかを書いた著作はないようだ。
 また今や安倍政権の国営放送化しているNHKだが以前から戦後史を誤って理解させるための番組作りが行われ、吉田茂や白洲次郎などは相当脚色され対米非従属振りを描き善玉を刷り込んでいる。
 アメリカは金の提供だけでなく制度として「民主国家」のために労組結成を促し、それで総評が出来、社会党も結成された。しかし50年代後半社会党が親中・親ソらの左派が強くなると労組分断、社会党勢力削減のために同盟及び民社党を作らせ、冷戦崩壊後の90年代中頃に社会党を蒸発させ、民主党にかえた(労組も総評解体で連合に)。
 共産党だが戦前戦中は特高、憲兵に徹底弾圧され、戦時中は軍国政府によって死なないばっかの獄中生活を送らされていた共産党幹部は敗戦の秋にGHQにより一斉釈放され、幹部らは一時、占領軍を「解放軍」と称して感謝をした。が朝鮮戦争が始まりレッドパージとなり逆コースとなって共産党と米との関係はご存じの通りだ。
 60年安保時に岸政権打倒のために全学連に相当な金が米から渡った(右翼や財界などを経由)のは今や公然の事実であるし、近いところでは05年の郵政選挙での小泉純一郎をして刺客送りで自民内反米派が一掃された。現在この時の資金源は明らかでない(一部に推測金額は出ているが)。
 野田が安倍に大政奉還した12年総選挙ではジャパンハンドラーズのマイケル・グリーンが横田に陣取って小沢一郎以下の「左派」(対米非従属)を壊滅せよと指示してその通り、対米非従属勢力は衆参両院で5分の1を切って壊滅に近い状況である(国民にとっても危機)。 
 と言うわけで05年と12年総選挙の真の野党勢力を壊滅させた総選挙や政党への資金源はどうだったか是非知りたいところだ。
米とプーチン、EUの関係
 なお、おまけで言えば今のウクライナの騒ぎも反ロシア派への資金提供はアメリカに間違いない。反政府系の人間はそう多いとは思われないが反ロシア派勢力の資金源(金がなければ長く活動できない)はどこが出しているか?を疑問に持てば構図が見えてくる。
 日本や西側で流れる映像はうまくカット割りし、少数でも多数に見せるとか弾圧シーンを強調するなど加工して(国際世論を煽る為)米国メディアが配信している。
 アラブの春もジャスミン、オレンジ革命もすべてその流れの中にあったことを知ってニュースに接することが大事である。
[PR]

by ichiyanagi25 | 2014-04-12 10:05

<< 映画から見て取る世情分析 政府や国際機関の振り込め詐欺に用心 >>