副島講演会のお知らせ

軍港150年海軍と戦争の真実
6月7日(日)午後にベルク横須賀大ホールに於いて軍港開設150年と敗70年間の節目の年として、副島隆彦さんをお呼びして軍港150年の真実の歴史を語って頂く。
 これまで一部でしか語られてこなかった歴史の事実とは。
第1部 なぜ軍港を横須賀に作ったかと英国と明治政府の関係
 幕府はなぜ横須賀に軍港と工廠を作るべくフランスと契約したのか。
 そして政権奪取した外様の薩長明治政府は明治10年を堺に仏技術者を退去させ、殆どの軍艦を英国から購入し帝国海軍を英国式にしたのはなぜか?
 それは攘夷運動まっただ中の時期に長州と薩摩から英国に派遣された長州5(ファイブと称する伊藤博文や井上馨、山尾庸藏ら5人)と薩摩スチューデント(森有礼、五代友厚、寺島宗則ら18人)にそのルーツが見いだされる。
 また倒幕を操ったのは英国であり民間会社としては死の商人であるジャーデンマセソン社(アヘン戦争を起こした会社でアヘンと武器を販売する)がその中心となる事に注目することだ。
 長崎にいたTグラバーは日本支社長みたいな存在でそれで坂本龍馬を育てた。司馬小説が洗脳した歴史観では見えない重大事があって英国の望む形で明治政府が作られた。 だから国会も英国に倣い議院内閣制にしたし、天皇制も朱子学的思想に英国王政を加味したものだ(天皇機関説)。そして明治期4回総理を務めた伊藤博文はまさに英国で総理職とは何かを学ばされて返された元老中の元老である。
 伊藤や井上馨は政府要人となるように英国で「要人」教育を受けたからこそ総理や外相を務めたのだ。さらに渡英していたこの2人は下関での長州と4ヶ国連合軍との戦いの祭には、急遽送り返されて、長州藩主に降伏を薦め、開国するように働きかけたのである。客船など無い時代この2人を送り迎えしたのはジャーデンマセソン社なのである。
山尾庸藏は5年以上もの長い間「留学」してロンドン大学でも学んでいて鉱山開発と造船を集中的に学ばされている。それで新政府が出来ると長州から呼ばれて横須賀製鉄所に赴任している。この辺は横須賀のカタログ歴史では全く触れられていない。
 山尾庸藏は造船関係はスコットランドで学ばされている。今回この辺の関係を1部では十分お話しして貰うつもりでいる。
幕府が横須賀に軍港を作った理由
 台場防備ではペリー艦隊にむけ1発も撃てずに強行入港をゆるしてしまったことで幕府は海軍を作り工業化を進めて火力も対等にして、湾外で迎撃しないと植民地にされてしまうとの危機感の元に横須賀に軍港と造船所を作ることにした。ここも良く認識されていない。
 ここまでは日本の独立を思ってのことだが、重要なことは横須賀製鉄所と軍港を引き継いだ明治政府が造船にしても海軍づくりにしても全て英国の指揮下で行われてきたことだ。
 明治の末に横須賀工廠で初の戦艦、薩摩を作るが、それまでの主力艦は殆ど英国から輸入したものだし海軍軍人も英国で教育を受けている(米国アナポリスの海軍兵学校にも派遣している)。東郷平八郎も、もちろんその一人であるが商船学校に廻された。
(幕府は海軍操練所を作り、その引き継ぎから海軍兵学校が出来るのは明治9年だが英米の兵学校に範を取ってエリート主義の権化となる)。そして海軍は英国式となり日清、日露戦争を戦いアジア覇権国への道をとるが、これが英米との摩擦となり日英同盟解消から、海軍にも夜郎自大の雰囲気が醸成され大日本帝国滅亡の道をたどる。
第2部 昭和の海軍はなぜ道を誤り対米戦争への道を歩んだか
 この頃ようやく海軍「善玉論」の否定が起き出したが、対米戦争での負け戦の主体は実は海軍である。戦後持ち上げ続けられてきた海軍「反戦トリオ」(米内、山本、井上)などは陸軍主戦派と対抗するだけで、アメリカと戦うには陸海軍一致で無ければ勝てないのにしたすら分断に走る。日独伊三国同盟反対も不徹底だし、山本に至ってはアメリカと戦争するなら真珠湾攻撃だと対米利敵行為の作戦を立てそれを押し通してしまう。
 その真珠湾攻撃も宣戦布告が1時間も遅れるというアメリカの怒りを燃え立たせるに十分な行為をやったのは「知米」派の海軍提督、野村吉三郎駐米大使である。
 戦後この責任を問う声が殆ど上がらないが、のこのこ敵国の政府へ宣戦布告書を直接手渡しに行く行為なんて本来あり得ないのだ。地続きの欧州ならともかく太平洋をはさんだ国務省に届けに行くという間抜けさというか利敵行為が全く検証できていない事に疑問を持たなければならない。
 これでアメリカはジャップの卑怯な騙し討ち論で一気呵成に対日対独戦争に踏み切る。この騙し討ち宣伝が「真珠湾を忘れるな」となり、B29による無差別焼夷弾攻撃もかまわないし、更に原爆の投下も真珠湾のお返しとして罪悪意識はアメリカに一切無い。全てはこの「意図的」遅達行為に起因していることを忘れてはならない。
 だいたいミッドウエーの敗戦だっておかしいことだらけだし、ガダルカナル以降では犠牲者を増やすだけで、戦いの分析をせず負けばかりやって、機動部隊が壊滅した後は当時トップクラスの頭脳を持つ大学生の命を数千も犠牲にした特攻作戦に踏み切ったのは、陸軍では無く海軍(レイテ海戦時)なのである。
 第2部では昭和の海軍の大きな誤りと、分析されていない重大なことを取り上げ70年の前の敗戦は何だったのかを考える構成にしたい。
 以上を2時間づつの計4時間のロングラン講演で行います。
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 負け戦が今の安保体制となり米海軍は横須賀を根拠地にしている。そして沖縄は前線基地の役割を持たされている。
 現政権の米軍指揮の下に参戦するという危険な兆候(一国の首相と言うよりアメリカの代官役だ)に呆れるが、呉々も政府に煽られず踊らさず、国民の命と暮らしを守る事である。そのために横須賀軍港150年の政治と軍事の歴史の真実を知ることが重要です。
是非ご参加を!
 会場は定員250名なので当日入場も可能と思うが、是非聞きたい方はとりあえずメールで申し込んで頂きたい。申し込まれた方は名簿管理して優先入場して頂きます。
Eメール申し込み umihiro@bc.mbn.or.jp
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by ichiyanagi25 | 2015-05-14 17:13

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