真珠湾攻撃は最大の愚策だった

真珠湾攻撃は最大の愚策だった
 今日12月8日は75年前に英米と戦端を開いた日である。
 と今月5日に原稿を書き始めたら安倍首相が、今日ではないが、今月末に急遽真珠湾を訪れて慰霊(「騙し討ち」の謝罪ではないと)を行うという報道がなされた。
 相変われずのメディアは本質を見ないで安倍の行動を無批判に支持しているのは、トランプ当選も視野に入れられなかったバカ報道の再生産だ。
安倍の右顧左眄な対米「外交」
 この急遽の訪問は先月の大統領就任前のトランプ詣(オバマ無視)のしっぺ返しである。
 先月の大慌ての訪問時、副島隆彦さんは、就任式前でもあるのにトランプに朝貢しに行った掌返し(てのひら返し)の訪米は『残任期のオバマ政権を怒らせる。安倍は吠え面かくはめになる』と指摘していた。
 まさにその通りとなり、真珠湾への慰霊という形で、オバマから「安倍よ俺をコケにしたトランプ詣での詫びと、右翼的な姿勢を、これで詫びろ」となったわけで、「真珠湾に来ることは米政府が歓迎」との報道を日本メディアにさせていることがその証だ。
 あっち(トランプ)にヘコヘコ、こっち(オバマ)にゴメンチャイだ。右顧左眄は属国総理のプライドのなさを世界に晒している。
 属国の代官を恥じずにやる首相が吠え面かくのは構わないが、幾ら貢いで勘弁して貰うのかそれが一番問題だ(因みにトランプにあうのに2億円ほど用意したと副島さんは推測している-表向き土産はゴルフクラブと日本人形だった)。
 さて真珠湾攻撃だが、ルーズベルト大統領は日本軍の奇襲攻撃を「騙し討ち」として全米を怒りの頂点に持って行き「リメンバーパールハーバー」を合い言葉に攻撃の翌日、上下両院で対日参戦と同時にドイツへ宣戦布告した。日の昇る国の黄色い小男共による「騙し討ち」は、キル・ザ・ジャップ、キル・モア・ザジャップとなり、原爆投下もそのお返しで躊躇なくやらせる結果となった。
 そこで75年目の今日山本五十六がなぜこの様な愚策の真珠湾攻撃をしたのか、戦後海軍善玉論と五十六神格化で検証批判がが顕在化していない点を、俎上に上げたい。
陸海軍一致せず始めたデタラメ対米戦
 陸軍は対英米戦に於いては先ず東南アジアの資源地帯を確保して、兵器の生産と石油の確保をしての「長期不敗」体制を考えた。だから資源地帯を抑える南方作戦を36万人もの将兵を動員しておこなった(海軍もこの上陸部隊の護衛は行っているが精鋭空母部隊6隻は全て真珠湾攻撃に振り向けられた)。
 陸軍の目標は蘭印(オランダ領東インド-インドネシア)の石油資源の獲得であり、ついで英領などにあるレアメタル、ボーキサイト(航空機用アルミ材)ゴム等の資源であった(石油やレアメタルの占領は海軍も同調)。
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日本軍の南方占領地帯。
1941年12月8日午前1時30分(日本時間)、佗美浩少将率いる第18師団佗美支隊がマレー半島のコタバルへ上陸作戦を開始した。これは真珠湾攻撃に先立つこと1時間20分前で、真珠湾攻撃の前に戦端は開かれている

 
 占領地帯の地図を見ると分かるが、この作戦では同時にアメリカ領フィリピンとイギリス領マレー半島を急襲して進行の足場を築き(ここから反撃を受けなくするためと中継前進基地のため)迅速に蘭印を攻略し、資源を確保するとともにスンダ列島に防衛線を形成するというもので、この作戦こそ陸軍が描く大東亜戦争の緒戦の本命作戦だった。
 ところで陸軍が推し進める長期不敗体制で英米と戦い、ドイツ軍の勝利に期待し、米の講和提案をまつとの陸軍の考えに海軍は全く同調しない。
 特に山本らはもとより短期決戦で圧倒的勝利を収め、米の戦意をくじき米国民の厭戦気分に乗じて早期講和するとの夢物語をたて、ごり押ししたのが開戦劈頭の真珠湾攻撃である。
ルーズベルトに協力した山本
 第2次大戦に参加したいルーズベルトは先ず日本から攻撃させ「正当防衛」で国民を奮い立たせ、完膚なきまでに日本陸海軍を叩きのめし、東京の制圧占領を考えていた。
 この為ワシントン軍縮条約が切れると、物凄い対日戦争準備をしている。だから山本が言う早期講和など絶対あり得ないのである。
 これを裏返すとナチスドイツと組む陸軍の戦争には協力しないが山本の思想的根源であり、ハッキリ言って早期に日本の機動部隊が壊滅しても良いような作戦ばかり立てている。真珠湾攻撃も当初軍令部はハワイまで出掛けるなんて返り討ちにあうと反対していた(実際その懸念はミッドウエー海戦で現実のものとなった)。
 本当に大東亜共栄圏でアジアの覇者になりたいなら陸軍案に協力し、長年海軍が構築してきた漸減邀撃作戦で、占領地帯を守り昭和18年に引いた絶対国防圏ラインで島の防御を固め、攻めて来る米艦隊を日本海海戦の要領で待ち伏せ攻撃すれば良いのである(それにしても結果は負けるが、これほど一方的な敗戦にはならなかった)。
 陸軍に協力しない海軍だから南方資源を抑えてからの海上輸送に対する海上護衛作戦は皆無。対潜水艦作戦もなおざりの極みで、ソナーなどの電子探知機器は英米に大きく立ち後れ、また前投方式の有効な対戦爆雷などは一切考案していない(おかげで800万トンもの輸送船が沈められた)。こんな海軍のために日本国民は310万人も犠牲になった。英霊と祀って靖国参りしてすむ問題ではないのだ。
 国民はこの真実を知って絶対に戦争をさせてはならないのだ。
反戦トリオは対米協力?
 米内光政、山本五十六、井上成美の3名を戦後書物(文春と新潮社が中心)と映画は反戦トリオ(海軍良識派)と名付けて多いに持ち上げ、今でもそれは連綿と続いている。
 ここで対米戦に勝つにはを考えればすぐにアメリカと戦わずに国力を養い、兵器を近代化してから迎え撃つがまともな考えだ。ナチスドイツは39年9月の開戦以来2年間そうしていた
 真珠湾を攻撃せず、南方作戦だけにしておけばよかったのだ。例え米領のフィリピンを攻略しても、米は近いうちのフィリピン独立を約束していたこともあり、ルーズベルトが幾らかけ声かけても米国内が一致して遠い対日戦争に踏み切るのは難しい。
 何よりルーズベルトは3選に当たって「あなたの息子をヨーロッパの戦場には送らない」を公約しており、米経済界でも親ナチス勢力も居るからフィリピン占領をされただけでは戦争に持って行きにくい。事実、米の石油業界はルーズベルトの仏印進駐に対する対抗措置である41年8月の航空燃料と潤滑油の対日禁油後(当時日本の原油精製力は劣っておりガソリンやオイルは米から直接輸入していた)も米メジャーは闇で日本に航空油を運んでいた(今も同じで儲かれば政府の意向に反しても商売するのだ)。
 だから真珠湾攻撃して戦艦5隻を沈め市民も含め2千数百名の命を奪わなければ、、騙し討ちのキャンペーンも成立せず、リメンバーパールハーバーはなかったのである。所が山本はルーズベルトの希望に添う形で真珠湾をまんまと攻撃したのである。
 いずれアメリカの事だから、口実を作って参戦したろうが、真珠湾奇襲さえせねば、あれほど「卑怯なジャップをやっつけろ」にはならなかった事はおさえておくべきだ。
米内は最悪な卑怯者
 またもう一人の「和平派」米内は何をしたかも余り公表されていない。
 米内は海軍大臣の時に謀略の上海事件をおこし、陸軍の抑制策を聞かずに、戦火を拡大させ渡洋爆撃で首都南京などを猛爆。(海軍航空派はこぞってこれに加わる)対米戦まで陸上機と艦上機(空母搭載)による中国爆撃を繰り返し、焼夷弾攻撃も行っている。これは対米戦の訓練もかねてのことだった。
 又米内は首相時(昭和15年1月~同年7月22日)斉藤隆夫の粛軍質問(なぜ支邦との戦争が解決しないのか国民多数が犠牲になっているとの質問)にあってたじたじとしたが、後にこれは皇軍批判として斉藤隆夫は衆院から除名される。米内が本当に反戦派で良識派なら「質問は議員として当然のことである」として庇うべきだったがそんなことは一切していない。
 ようするに米内、山本名将論や和平派論は戦後の作り話であって、真実はとんでもない男達だったのである。
 米内は更に山本より許しがたい事をやっている。
 敗戦時には極秘にアメリカと連絡を取り、戦争責任を陸軍に全て押しつけるで合意して海軍と昭和天皇を免責させた。だから東京裁判では天皇は早くに免訴。海軍も数名起訴されたが、死刑はゼロで獄中病死した永野修身軍令部総長以外、講和条約後皆釈放されている(陸軍は責任を押しつけられ6名も死刑を出している)。
負け戦の作戦ばかりの海軍
 また山本や米内は始めからアメリカ相手に勝とうと言う作戦をたてていない。緒戦の勝利で第2弾作戦になってから、開戦前は一切陸海軍合意事項でなかった米豪遮断作戦に出る。結果、これが終末攻勢点を大きく超え(輸送路が延びきり輸送船が大量撃沈される)て、これが敗戦を早めるソロモン損耗戦になる。
 昭和17年5月米豪遮断策のためにニューギニアのポートモレスビー攻略作戦で珊瑚海海戦がおきる(司令官は井上成美)。珊瑚海海戦は歴史上初めての機動部隊同士の戦いで翔鶴、瑞鶴部隊は大型空母レキシントンを撃沈するが、搭載機の35%を撃墜され、搭乗員は百名近くが亡くなった。
 防御軽視の日本軍のウイークポイントが明らかになったのだから防空防御思想の確立が戦訓として活かされねばならなかったが、これを全く無視して一月後ミッドウエー海戦を山本が強行し空母4隻を失う大敗北を喫す(この敗北が対米戦のターニングポイントは常識となっている)。
 しかし海軍は大敗にも拘わらず山本を更迭せず、ガダルカナルなどの戦で航空兵を損耗させ敗戦を早めるようなことばかりやっているのだ(そして最期には特攻で優秀な国民多数を殺した)。これらの批判が殆どされず未だに映画と言えば反戦大将山本五十六である。
騙し討ちの張本人の野村吉三郎に注目
「反戦トリオ」の影に隠れているが、もう一人とんでもない海軍提督が居る。
 真珠湾攻撃時の駐米大使であった野村吉三郎海軍大将である。この男は戦後海軍復興をアメリカに願い出て海上警備隊(現在の海自)の設置に動いた男でもある。
 この男が何より問題なのは米艦隊に付き従うことを飲んで海自(属国海軍)を作った事である。
 そしてもう一つ真珠湾攻撃の祭の野村が実質やった「騙し討ち」の件である。
 山本五十六擁護論では山本は真珠湾攻撃の前には宣戦布告を米国務省にして欲しいというシーンが映画にあるが、このことを実践しなかったのが野村及び在米外務官僚なのである。この点についても戦後日本側は全く批判検証せず、野村批判が表立ってない。
 この点アメリカも多いにおかしい。真珠湾攻撃の1時間後に国務長官のコーデルハルに最後通牒を手交したのであるが、真珠湾攻撃後1時間もたって国務省に来た野村は海軍大将であり駐米大使なのに戦後、「騙し討ち」の戦犯として起訴もしていないのである。このおかしさに疑問を持たないと、今の海自の対米従属の真実が飲み込めなくなる。
宣戦布告は持参の必要なし 
 そもそも敵の国務省まで届けに行くことが余りにも間抜けだと思わないだろうか。
 第一通信手段が今より格段に悪い75年前に(モールス電信である)日本の裏側の首都ワシントンの国務長官に最後通牒を届けに行く、この意図的間抜けさを感じる頭を持ちたい。 
 致命的に手交が遅れた言い訳に暗号解読と清書に時間が掛かり遅れたと言うことになっている。こんな馬鹿な話はない。文書清書(タイプ打ち)が間に合わねば口頭通告だって良いのだ。
 とにかく真珠湾に一弾が投ぜられる前に、宣戦通告しておけば、騙し討ちのキャンペーンは張らせることはなかった。
 第一最後通牒なり宣戦布告文を遠い相手国まで届けるなんてのルールは世界の何処にもないのである。アメリカ自身、宣戦布告亡き戦争は戦前戦後沢山起こしている(今でも)。
 どうしても宣戦布告なり最後通牒を渡してから奇襲(用意していない隙を狙った攻撃)したいなら、ハワイ攻撃部隊の全機発進の報を受けてから、駐日大使(グルー)を首相官邸でも外務省にでも呼び出し、文書でも口頭でも良いから、それを伝えれば良いだけなのである(この場合奇襲でなく強襲となるが攻撃部隊は強襲も想定していた)。
 日米支配層は陸軍に責任を追わせた海軍善玉論という戦後のストーリーを壊したくないから、メディアはこの真珠湾攻撃にまつわる大きな疑問を全く検証しないのである(学者、研究者の一部はこれを明らかに出版しているが広告宣伝してくれないので余り売れていない)。
 アメリカは暗号解読をして真珠湾攻撃を掴んでいたと言うことより、作戦を立てた山本とそして野村の胡散臭い行動について戦後批判検証がされていない事が問題なのである。
 そして海軍はアメリカに負けるための戦争を(310万国民を犠牲に)して、今の属国状態を作ったとも言えるのである。
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by ichiyanagi25 | 2016-12-08 10:24

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