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原爆投下容認論に見る懲りない政府の面々

暫く留守をしていました      
 猿島のエコツーリズム実現のガイド術とその哲学を学ぶために6月末から10日間、小笠原に行っていました。ダイビングや海のガイドは勿論、山岳や植生、シーカヤックによる南島訪問、民俗のガイドを学び、都のエコツーリズムの実態を視察(支庁ヒアリング他)をしていました。
 報告は公費視察故でもあり、後に公式に出します。ただし選挙中は規制があるため政治ネタでないこの種の報告も選挙後に出すことになりますのでご理解下さい。
 それゆえここで10日程前におきた防衛大臣の辞任劇について感想を述べたいと思います。また同時に先の大戦の悲劇を学ばず、観念的ネオコンぶりを発揮する安倍内閣の危うさと、その思想の根源に触れてみたいと思います。国民に命を守るという点で選挙の参考にして頂ければと思います。

 原爆投下はしようがないのか
 テレビは「問題発言の多い久間氏」と取り上げていましたが、イラクの強行開戦についての米批判は的はずれではなく、また沖縄の基地に対する米批判も国民的視点に立てば問題はないと思いますが、何れも閣僚として思慮不足であるから閣僚向きの人ではないのでしょう。しかし先の原爆投下を「しようがない」というのは閣僚として、日本政府が先の大戦で犯した誤りの大きさに対する認識が欠如しています。釈明会見でへらへらした顔を見るにつけ、真の反省はしているとは思われず、罷免が相当です。
 選挙のために渋々辞めるのだと本人がテレビでの賜っていますから、これは選挙で国民がきっちり批判票を出すべきと思います。
 総理の任命権限により罷免しなかったのは安倍首相も本心は防衛大臣と同じではないのかと疑われます。また後任に小池ゆり子氏を充てましたが、彼女は軍事通で確固たる防衛論、戦略論をお持ちなのでしょうか?。軍事力の発動は詰まるところ国家による破壊と人殺しですから、私はこの判断を下すポストに女性をつけることには違和感があります。
 本当のことを報道しないマスメディアは、小池氏の防衛大臣たる資質要件を検証もせず、単に中年美女?大臣のファッションのみをクローズアップしていましたが、呆れます。明日から始まる選挙中の報道については、一昨年の小泉劇場の再来を許さぬように皆さんお気をつけ下さい。女性防衛大臣は、どうせ選挙が終わればすぐ内閣改造(あるいは安倍内閣総辞職)だからとの思惑があったとすれば、極めて問題です。
 原爆投下「しようがない、やむを得ない」論は「原爆投下が終戦を促進した」にいきつきますが、敗戦時の現職閣僚としてのやむを得ない論としては米内海軍の発言が紹介されています。米内は「言葉は悪いが原爆とソ連参戦でポツダム宣言受諾に持ち込めた」との趣旨を述べています。原爆投下とソ連参戦は本土決戦を主張する陸軍を黙らすに十分であり、これでポツダム宣言が受諾できた(聖断につながる)と言う論理展開です。
おそかった天皇のご聖断と閣内不統一
 天皇のご聖断によりポツダム宣言受諾となり8月15日停戦となるわけですが、私はこの聖断は最悪2週間遅かったと思います。戦後研究者の間で流布されている7月28日の鈴木首相の「黙殺」発言があります。記者団の質問に鈴木総理は「ポツダム宣言は黙殺する」とのべています。ご本人はノーコメントのつもりでしたが外交音痴故の語彙不足で、戦後トルーマンらに原爆投下の言い訳に利用されました。
 この「大失言」時にご聖断があれば、満州の悲劇、シベリヤ抑留も起こらず、広島、長崎の悲劇も起こさずにすんだわけです。こういうと、「あと知恵」と批判されるかもしれませんが、指摘したいのは、政治家は常に過去を思い起こし、特に国民の生命を守るにはどうすればよいかを常に反芻する必要があるからです。
 また何故ご聖断を仰ぐに至らず閣内でポツダム宣言を受諾受諾できなかったのは、ひとえに閣内不統一だったからです。いわゆる和平工作は「中立条約」締約国のソ連を頼りに行います。鈴木内閣は終戦内閣としての役割を天皇を含め期待されていたようですが、自らは就任時を含め、早期講和論は表明していません(暗殺を危惧したのかもしれませんが)。また情報取得能力に欠けるためヤルタの密約をつかんでいないとは言え、あのスターリンに和平を期待するのは常識に欠けています。当時の外務省はソ連だよりを批判し、東郷外相も明確にソ連仲介策を批判しています。佐藤尚武駐ソ大使からは「ソ連を信用し相手にしたら大変だ、早く米英と直接和平をと」何度も電報を打っていますが鈴木内閣は無視しています。
 主に陸軍の方が本土決戦に固執し続けますが、その根拠に自由主義の米英には屈したくない、自分たちと同じ全体主義のソ連に降伏した方が良いとの判断があったともいわれます。近衛が1945年2月天皇に上奏したように、陸軍の将校や高級幹部には共産思想にとりつかれていた者が多いとの指摘があります。2,26のクーデター思想も共産主義と重ね合わせると合点がいきますし、ソ連の進撃を易々許した事実とも符合します。しかし何とも自分勝手な考えで、そのツケは満州居留民や広島、長崎の人達が負うことになったのです。
 海軍も海軍で残存巡洋艦をソ連に売り、引き替えに飛行機2千機を貰おうとなどと提案していますが、何れもソ連に言いようにあしらわれています。スターリンの狡猾さにしてやられながらも、なお悪女の深情け以上に頼り続けた鈴木内閣を国民として厳しく検証した方がよいでしょう。国民の命を守るために歴史を学ぶ大切さがあります。
 なおここで原爆投下に対する昭和天皇の感想を紹介します。昭和天皇と皇后両陛下は戦後30年たった1975年にアメリカを訪問します。帰国後、記者会見で、戦争終結と広島に原爆が投下された事について質問されますが、次のように答えられています。
 「原子爆弾が投下されたことは遺憾に思っていますが、こういう戦争中であるから、どうも、広島市民には気の毒であるが、やむを得ないことと思っております」。 
内閣がポツダム宣言受諾を決めかね、終戦の聖断を天皇に求め、昭和天皇はこれ以上犠牲者を出さないようにと「聖断」を下します。その聖断を下した方自らが「やむをえない」と言われるのをどう思われるでしょうか。私は素直に受け入れられません。
 民の命は鴻毛のごとく-今も引き継ぐこの思想
 当時の閣僚の原爆投下やむを得ない論の根源はどこにあるかと言えば、やはり戦前、皇国史観に基づき国民は「国のため悦んで血を流せ」に行き着くのではないでしょうか。これは靖国の思想と全く同じです。そしてこの精神は兵士だけが持つ者ではなく、国民全てが、平時の時も共有すべしとなっていました。また「英霊」をだした遺族に対しては普通に死んだのでは尊敬され感謝されないが、君国に我が身を捧げた息子や夫のお陰で見ず知らずの人々から感謝を受けると教育していました。故に死んだら靖国に祀る必然性があるわけです。
 終戦時内閣は国民の義務をここに於いて良しとする閣僚が多いのですから、国民を早く救うために早期講和となれないわけです。
 そこから今を振り返ると、小泉さんも安倍さんも潜在的(あるいは隠して)にこの思想があるから、靖国に参るのではないでしょうか。
 しかし今回はまだ批判が噴出しただけ良かったと思います。政治にはバランス感覚が大事です。しかし辞任劇で幕が引かれ、その思想の根源が問われないことは問題が残り、今後何度も吹き出すと思います。そしてこの思想を持つ総理・内閣が改憲を主張することに警戒を厳にする必要があると思います。私も9条の2項には矛盾を感じますが、安倍内閣のような思想の元に改憲されることは、その後にもたらす災禍を想像してしまいます。改憲を慌ててしないように今回の選挙を考えたいと思います。年金の問題もそうですが、全ては国民の命を守ることが政治の要諦なのですから。
 アメリカの意図とそれを許す対米追随派
鈴木内閣がポツダム宣言を早期に受諾しえなかった事の側面を考えると、天皇制維持、日本的に言えば国体の保障がなかったからに他なりません。これは主としてアメリカの意図がどこにあったのか検証する必要があります。
 どう見ても完成した2タイプの原爆を日本で使用してみたいと思ったに違いありません。トルーマンの意図はこれまで白日の下に置かれてきませんでしたが、「原爆を投下するまで日本を降伏させるな」(草思社刊-\1600)などを読むと、やはりと思う節があります。
 久間発言は日本人が被った悲劇よりアメリカの都合を「しようがない」と認める点に問題があるわけですが、彼に留まらずこういう思いを抱く政治家は対米従属派となりアメリカが求める対日要求を唯々諾々と受け入れ、郵政民営化を始め、規制緩和に名を借りたアメリカのためのえせ改革を進めるのでしょうか。何れにしても今度の参議院選挙ではこの様な動きにブレーキをかけた方がよいと思います。
公示も迄時間がなく雑ぱくになりましたが、選挙前の意見とします。
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by ichiyanagi25 | 2007-07-11 00:00