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東京湾湾岸再生議員連盟の結成について

東京湾湾岸再生議員連盟の結成

 現在政治とマスコミが環境問題は「21世紀の天動説」、人為的地球温暖化CO2問題しかないとしている中で、東京湾の環境悪化は取り返しの付かないレベルに進んでいます。東京湾内湾の漁獲は最盛時の10数分の一の1万5千トンすら割り込んでいます。なお東京湾内湾漁獲は東京湾環境を示す最終数値です(これが読めないと危機が分かりません)。
 この21世紀の公害に対処すべくこの度、自治体議員が立ち上がりました。不肖私が議連代表になりましたので以下呼びかけをさせていて頂きます。
 特に湾岸自治体の市議、区議の方で本ブログをお読みの方は、議連にご参加た頂くようお願い致します。以下記者会見での呼び掛け要旨を全文掲載します。

 以下本文
 私たち、東京湾湾岸自治体議会に属する議員有志は、このたび、標記の議員連盟を本年10月10日に結成するに至りました。

 背景(結成に向けての)
1.埋め立てによる浅海域の減少
 戦後の高度経済成長期とその後のバブル経済期に、東京湾の内湾部の浅海域は壊滅的に埋め立てられました。(江戸期以降で内湾面積の約20%、浅海域の約90%、海岸線の95%が埋め立てられています)20世紀の中期は、東京湾の沿岸は新たな不動産を次々生み出す魅力的なエリアとしてとらえられていましたが、88年頃からは干潟、入り江、磯浜などの沿岸浅海域に対する理解が進み、東京湾全体の水質浄化と、生物の再生産の場であることがわかってきました。その海域環境機能のほとんどを失ったことが、今日の環境危機の原因でした。

2.流域からの流入負荷による富栄養化とそれによる青潮の頻発
造成された埋立地には企業や住宅が進出しました。東京湾を囲む首都圏の人口集中もあって、現在、東京湾には約3千万人が排出する下水が流入していて、東京湾の汚濁負荷の7割を占めています。雨水と一緒に流れ出る合流下水と処理場から恒常的に出る窒素、リンは東京湾富栄養化の「元凶」で、これを元にプランクトンが大発生する赤潮は今や恒常化しています。この赤潮の蓄積がやがて湾奥において生物を皆殺しにする青潮となり、毎年繰り返される青潮によって湾奥の生物相は再生産の分岐点を切り、東京湾の生態系は危機的状況に追いやられています。これは21世紀の公害と捉える必要があります。

3.環境劣化による漁獲高の激減
青潮を代表とする東京湾の環境劣化は生態系にも深刻な影響を与えていますがそれは直接的に東京湾漁業への打撃となっています。東京湾の漁獲は最盛時の1960年(別表)は18万㌧超であったものが、21世紀になってからは2万㌧を超える水揚げはなくなり、内湾域では2枚貝及び甲殻類さらに底曳き漁で捕れるカレイなどが激減しており20年前は3,4万トンあった漁獲が今や1万トン台に落ち込んでおり、回復の兆しは全く見えておりません。
私達にもっとも身近な生産点は疲弊の極みにあり、至近な総菜であったアサリなど2枚貝の激減はもちろん、高級甲殻類を含む江戸前寿司ネタが絶滅危惧種並に減少するなど、食糧資源上も重要問題と捉える必要があります。また環境、生態学的に言えば東京湾内湾の漁獲量変化は環境劣化の結果を現すもっとも現実的な数値で、政治家やジャーナリストは漁獲激減から21世紀の「公害」である東京湾破壊を深刻に捉える必要があります。

4.現状改善に政治が機能していない
21世紀に入り埋め立ては見直され、東京湾再生が言われだし、国や自治体でも口先では保全や「再生」への取り組みをしているが、戦略がなく実際は殆ど機能していない。これは自治体の長や議会が何をやればいいのかわかっていない事でもある。また湾岸の各自治体の行政の考え方もまちまちで東京湾再生の重要さがオーソライズしていない。
 また20世紀型公害と埋め立て開発圧力が減少した事からマスコミが身近な環境問題の現状と行政の有り様を全く報じない為、東京湾の環境危機が取り返しの付かないレベルに進行していることに湾岸住民が気が付かない。
東京湾再生は金もかかるが、破壊した環境を再生するには費用はかかるのは当然で、環境回復こそが21世紀に必要な公共事業である事を政治が認識する事である。その成果はまさに国民に還元される。それには政治を信託し投票する湾岸市民がそれに気が付いてもらう必要がある。

主張
 以上背景から私達は次のように訴えます。
1.政治が取り上げないと問題が顕在化しない
成熟社会になった今日、東京湾では開発(埋め立て)圧力は大きく減じたものの、地球温暖化論やCo2の問題のみに報道が集中し、身近な環境や生産点の窮状が湾岸住民に伝わっておりません。環境問題は多数決で決めるものではありませんが、政治が東京湾の環境問題を取り上げないと問題は顕在化せず、悪化の一途をたどります。
政治主導を唱える民主党(3党連立)政権は東京湾危機を深刻に捉え、特に国交省、環境省の大臣以下政務官以上役職は東京湾の再生を真剣に取り上げて頂きたい。その為のアプローチを開始します。 

2.行政の迷走を正せるのは地方議会である(千葉県の失敗例を今後に生かす)
一方、21世紀に入り東京湾保全の象徴になるかと思われた千葉県の三番瀬は、当該自治体の迷走により解決策は混迷を極めています。行政が賢明に働かない場合は混乱だけを招くという「反省教材」があります。これは二元代表制である議会が機能していない事も問題であると深刻に考えています。そこで私たちはこれらの状況を鑑み、危機的状況にある東京湾内湾(奥部)の環境生態について議員として再生の議論を起こすことにしました。

3.反公害、反公共事業の運動ではない
東京湾の再生には、まず汚濁負荷を減少させることが必要です。これは現在取り組まれている合流下水道の改善および、脱リン、脱窒素ができる高度処理策の理解と推進であり、浄化と生産の場である浅海域の自然回復、再生の具体化であると思います。個人に「環境の為に何をすべき」と言う前に行政と議会が信託された政治として取り組む課題(国においては関係省庁及び与野党が取り組む)です。
同時に失われた海岸域へのアクセスの回復です。具体的に言えば、干潟および磯浜の自然再生と、再生した浅海域での海水浴や潮干狩り、磯遊びなどの賢明な利用ができる場の造成と回復であり、これは憲法(13条)に保障されている国民の幸福権(21世紀の環境回復は幸福権の保障です)追及に叶うことです。


呼びかけ
以上主張しましたが、これまで東京湾再生に対し、地方議会、議員の取り組みが弱かったことを自ら反省し、東京湾を健康で楽しく、美味しい海に転換すべく、今、分権論に基づいて行動することを決意しました。
一都二県の湾岸自治体会議の議員各位におかれましては、この呼びかけに賛同し、共に行動していただけたらと思います。なお、本会発足のシンポジウム第1弾「湾岸再生を始動せよ!」を11月15日(日)に開催する予定です。

以上

 事務局 272-0121  千葉県市川市末広1-13-1 田中方
        080-2028-6046
E-mail wangan_saisei@docomo.ne.jp

なお追って議連立ち上げを記して行うシンポジウム案内を致します。
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by ichiyanagi25 | 2009-10-30 09:44

美術館アドバイザー訴訟終結す

美術館アドバイザー訴訟終結す

 一昨日本件の取り下げの記者会見が行われ、昨17日「取り下げ」と各紙で報道された。
 取り下げの理由は吉田市長誕生で来年度には契約更新が行われない事。議員の多くも谷内家をアドバイザーにする必要性を感じていないか事から、打ち切りは議会を通る可能性は高い(9月議会での指摘を受け、吉田市長はこれから議会に報告し理解を得てとしている)と判断しての事である。
 そこでこれ以上裁判を続ける意味が事実上ない事から取り下げする事になった。通常原告が「取り下げ」る場合は訴訟が維持できないとか、原告敗訴確実などの場合が多いが、今回はそういう事では全くない。
 吉田君当選によって私達が求めてきたアドバイザー契約更新は来年度打ち切りはほぼ決まった。原告らの打ち合わせでは7、8月時点で取り下げについて代理人から提起された。しかし市長は来年からの打ち切りを議会に報告する前に私的カレーランチでフライング発言した為9月議会での反発は必至とみて、先行き不透明の所もあり、来年2月に議会に提出される予算書を確認した上で取り下げよう。裁判はスローペースでやって貰えないかという事になった。
 なお市長が9月議会で発言した「和解は」当方は求めない事で一致していた。なぜなら行政訴訟の和解は議会同意が必要であり、それはやらない方がよいと判断した。一連の市長発言を聞いて、ものを纏めた経験がないなと感じた。政治は揉んだ後はまとめが肝心なのである。
 しかし双方代理人にしてみると裁判の継続は書面の提出など、繁雑な作業をお互いやらなければ行けない。「あうん」の呼吸で裁判を続けるのは良くないとの意見も出たし、何より当初と予想外の展開も見え始めた。
 そこで「落としどころ」が見えた所で停戦(取り下げ)にしようという事になった。
 ところで「予想外」である。この裁判、谷内家側弁護士が当初から利害関係人として出てきている。6月までは被告の蒲谷前市長と谷内家は共同戦線をはる立場にあったが、7月以降は被告が人ごと変わったので態度は180度変わった。更に(私にとっては)予想外であったが、市の顧問弁護士は辞任せず、被告となった吉田市長の代理人を継続した。
 谷内家側にすれば昨日の友が敵になったのである。そこでである、このまま裁判を継続すると谷内家は「なぜ来年度打ち切るのか」とかで、被告吉田市長を裁判に呼んで尋問するかもしれないし、沢田市長と谷内夫人の間で交わされた覚え書きの有効性を巡って沢田さんらを証人に呼ぶ事などの可能性も出てきた。原告側は主要な目的を果たしたのだから、今や沢田さんを裁判に呼ぶのはハッキリ言ってどうでも良い。むしろ市政に混乱を招かない方が良いと判断した。もう一つ、裁判で請求した支払い済みのアドバイザー料約三千万円の「取り戻し」は議会で予算として認められており、決算認定も受けている事から、裁判でも認められないだろうと最初から判断していたので、残念だが、こだわらずという考えにたった。以上が私の知る事情である。
これまでの経過
 さて取り下げに当たり、この裁判に至るまでを経過を振り返っておきたい。
 さて被告だった市長と私はこの3月までは、この「アドバイザー」契約を止めるべく一貫して共闘関係にあった。しかし二人を中心に議会で追及しても「改めむるに憚るなかれ」を一向に行わない蒲谷市長なので昨年夏、議会外活動として吉田君と二人で調停を申したてた。裁判をせずに解決できればと思ったが蒲谷さんに決断力はなかった。前市長からは「本心は止めたいのだが」(伝言で聞いた)とも聞いたが「改むるに憚る事なかれを」実践できない性格なのである。
 市代理人の大友弁護士と森山美術館運営課長(現自然環境部長)を横目で見ながら調停不調を受け入れた。そこで行政訴訟を起こす事にしたが、議員は議会で解決を図るべきで裁判を起こすのは?とか、裁判は納税者である市民が起こすのが筋と言う批判や指摘があった。そこで市美術館が出来上がっても批判的立場の市民2名と連携し、任務分担をして裁判に臨んだ。なお行政訴訟の場合、住民監査請求(一人でも出来る)をして、その結論に不満なので裁判としないと門前払いになるので監査請求から入った。今年年頭監査結果が出たので不服として横浜地裁に訴えたが、監査でも『アドバイザー契約は見直しに時期』初めて言及した。 さて二人の原告にご苦労頂き裁判となったが、此方は市と違って原告代理人に着手金もさほど用意できないので、知り合いの原弁護士に弁護をお願いし、行政訴訟は一人ではきついと畑中さんを原さんが「口説き」了承を得て、二人の弁護チームとなった。
 私は原告ご両名と相談して、3月から裁判支援のカンパ運動を展開し12万円の浄財を約40人の方から頂いた。吉田君もそれなりの資金を調達し、それで両弁護士の「弁護料」とした。これでお分かりと思うが、市の代理人と違い着手金として想像も出来ないくらい低い金額である。原、畑中弁護士にはまさに「こんな契約あって良いのか」との、原告らの意気に感じて弁護をお引受け頂いたのである。
 この6月市長選で政治的に劇的な変化が起きた。原告応援団の吉田君が途中から自ら望んで被告になった(市長当選)のである。今回はそれで市長職権として予算を切るのである。実質原告が被告になり、予算執行権者として予算を切るこの手法は私としては複雑な思いであるが、市長選時これを蒲谷氏攻撃に使うべきでないことは彼に言った。
 このような紆余曲折があったものの市民が「おかしい」と言い続けた事が今回の結果を生んだとも言えるだろう。市民のおかしいという感覚に4年間答えなかった蒲谷さんは僅差で吉田君に敗れた。市民の要求を受けるめると言うのが政治家に求められるのだが、それが出来なかった報いの大きな一つと私は捉えている。
 なお谷内家側に今後約4千万を支払わずに済む事は、広く見て市民の為になったのである。最終決着は来年3月議会で予算が通ってからだが、美術館を厳しく監視している市民の方々と共に喜びたい。
 最期に、誰が市長になろうと、おかしい事をしたら「おかしいものはおかしい」と指摘する議員と市民でありたいと思う。
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by ichiyanagi25 | 2009-10-18 20:39

吉田市長解説ダイジェスト

吉田市長解説ダイジェスト

 吉田市長の広報よこすか「宣伝誌化」については、インサイダーレポートとして面白いという評価と、分かりにくいと二つの評価を頂いたので、後者の為に趣旨をダイジェストで述べる事にする。 
 吉田市長が9月議会でどの様な答弁をしたか傍聴するかネット録画などで検証されていない方は私が指摘する吉田市長の「内容のスカスカ」さを理解できないだろう。落下傘で久村に降りてからたった7年で3回トップ当選した人心掌握術は天性なものを持っており驚嘆している(賞賛はしない)。しかし天2物は与えずでビジョンはほとんど無く、ただ市長になりたいだけだったという事しか判明しなかったのである。今年3月まで5ヶ月同じ会派にいて、「4年間勉強してから次に立て」と止めるのを振り切って当選したわけだ。当選直後は正直言ってもう少しビジョンがあり少なくとも蒲谷さんよりマシだろうと思っていたが完全に裏切られた。
 こう言っても分かろうとしない人にはこう申し上げたい。中身を問わない吉田ファンならそれで構わないが、良い政治を希望する有権者なら、彼が9月議会でどういう答弁をしたか知る努力はして欲しい。また広報よこすか10月号の彼の所信表明を読みどう評価するかで、ご自身の政治分析度も測られよう(例えば医療、福祉については一言もない事)。
 さて私が「広報よこすか」の宣伝誌化に釘を刺した理由を再掲するが、市長という市最大の権力者が公費(税金)で発行される公報誌を自己宣伝の場に使用してはならないと言う事。ましてその広報誌を市長が職員と共に駅頭で配布する事は選挙運動に職員を動員すると同じであることから許されない事を早くに認識させる為だった。 
 彼はもう少し計算して動くタイプと見ていたが、政治経験の無さから屈託無くフライングしたり不用意発言をしている。議会から指摘されるたびに、殆ど反論せず『改めます。今後注意します』としているし、今回のケースも『反省しておりこれから気をつけたい。広報に(自分)の写真や名前がでる事は避けるようにしたい』(読売)としている。
 『市長を育ててやって』という声も複数の市民から頂戴した。また『一柳さんと同じ市民派なのだから』ともいわれた。これらの意見は残念ながら希代の人たらし市長にたいする全くの幻想である。今や彼は市民派ではない。蒲谷さんに匹敵するほど官僚的である。それを知る為にネット中継を見て欲しい。所信表明に対する代表質問では9月8,9日のニューウイング、研政連、公明、共産との質疑をチエックして欲しい。一般質問も私や佐久間議員の16,17日の質疑は見て欲しいし、特に彼を支持した藤野君の一般質問(16日10時から特養待機者解消について)を見る事をお薦めする。
 また自然環境問題に関心のある人は14日民生常任委員会の市長と私の質疑応答をご覧頂けば、マニュフェストにある美辞麗句の内実はお寒く、環境に対する認識不足と環境再生についてのこだわりの無さが分かるはずだ。
 『1年待ってやれば』との意見もあったが、政治に携わっているものは本質を見抜いたのである(見抜けない、或いは彼と論争できない議員は次、立候補しない方がよい)。1年たって彼に投票した6万8千人中、何人が彼の本質を見ぬくかの方が課題だと思う。
 彼は市民からの批判が一番堪えるから市民の忠告が一番である。真に自分の至らなさに気づき、議会のこれはと思う人と協調し教えを請う事が市政の為になるだろう。
 なお、次回「ひろし通信」では吉田市長が如何に蒲谷路線の踏襲をしているか、またビジョンがないかを蒲谷答弁と比較した記事にして、市長の素顔を明らかにする。通信発行後は順次このブログにもアップしていくつもりである。
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by ichiyanagi25 | 2009-10-11 14:52

媚びぬ政治、擦り寄らぬ政治

媚びぬ政治、擦り寄らぬ政治
 このタイトルは吉田市長が市議時代にキャッチフレーズにしていたと思う。チェンジを掲げる青年市長であるが、9月議会で蒲谷市長と殆ど変わる所がない事が分かったので今後「口先三寸」にならぬよう厳しくチエックしないといけないと感じている。そこで地方議員本来の是々非々で対応する為に、この言葉を座右の銘にして市政に臨む必要があると思う。
  さて上記を胸に「広報よこすか」をイズベスチァにしない為の、お待たせ第3弾。
 6日の議運決定を取り上げた2紙(7日付)のうち読売の記事中に「総務部は『全国で3番目に若い市長の当選が全国的に注目を集める一方、市長選の投票率が45%と低迷した為新市長の施政方針演説を市民が正しく理解する材料として掲載した為』と説明した」とある。
 新たな火種?
 「総務部」とあるので総務部長に確認した所『私も市長もこの様な発言はしていません』との事。では誰が記者に語ったのだ。「投票率が45%と低迷した為、新市長の施政方針演説を市民が正しく理解する材料として掲載した為」とのコメントは新たな問題を引き起こしている。選管の投票率向上運動と市長の所信表明全文?(議会で指摘された玉座などは削除してある)掲載とは、縁もゆかりもないはずで市長の意向より先に見開き掲載を提言した広報課職員がいたのかとの疑問が広がる。まともな行政組織なら、そういう提案があってもこの方法が最善かと議論してしかるべき内容である。
 誰の発言か部長に調査を依頼した。それと驚いたのは議会を代表して正副議長が市長に申し入れに行ったのにもかかわらず、面談録がないのである。呆れた。感想は市長部局、議会側とも「緩いなあ」である。
 6日の議運では議長から「非公式」に市長に苦言を呈したと報告があったが、非公式なら面談録がないのは分かるが、口頭とはいえ正副議長の公式申し入れの面談録がないとは公務中の事務としてあってはならない事だ。またこれではマスコミ報道のコメントについても確認しようもなく、全て「藪の中」の証言になっている。総務部長と議事課長に次回からこの様な事のない様に申しいれ了承させたが、これはきちっとする必要がある。
 私は10月1日付けのブログの終わりに市長のやり方も問題だが、この際チエック体制が問われると書いた。まさにその点が一番問題になってきた。
ニューウイングは媚びない 
 さて媚びず擦り寄らずだが、今回この議論をしているうちに殆どの会派が市長に予算要望」をしていた事が判明し私達ニューウイングは驚いた。「予算要望」と言うが世間的には「陳情」である。
 今まで共産党を除く各会派の予算要望は、応援していた市長だから出していたのだと思っていた。私は1年前まで5年間無会派だったしニューウイングは蒲谷時代もそんな事はしていない。議院内閣制でない地方議会に与野党はないが、市長選挙で激しく争った(実は争っていないのも多くいたが)対立候補が市長になっても『今年もこれらをよろしく』という感覚は当会派は理解できない。これは各会派の考え方だが、市民はこういうやり方をどう見るのだろう。
(政策実現と会派を組む事については今回の趣旨から逸脱するので後日に譲りたい)。
 ケジメをつけて貰うのも議会の役割
 ところで非公式での議長からの指摘に吉田市長は『就任してまもなくで、公私の区別が付かなくて・・・』との答えをしたという(議運での議長からの報告)。『若い市長の事だ、今回は大目に見てやれば』と吉田ファンの声が聞こえそうだが、それは違う。
 彼は図って市長という絶大な権力の地位についたのであって、知らなかったから「許して」を許してはいけないのが議会の役割である。なぜなら市長は予算編成権(本市なら3千億円規模)と執行権、そして人事権を持っていて、これで役所全体をコントロールする。そして2元代表制の議会に対しては、解散権(予算否決の場合など)と何と議会招集権すら持っているのである。今の議会は議長が市長に要請して議会を開いて貰っているのである。市長が招集に同意しなければ議会は開かれず、また議案だって専決処分して後から議会に報告すれば済むシステムになっている(これは自治法が悪い)。故に強大な権限を持つ長に対し、議会同意がなければ予算執行できないと言う歯止めをかけているのである(2元代表制-機関対立主義)。
 公費で発行される広報を市長の宣伝紙にしてはならないし、ましてそれを職員と自身が駅頭で配布するなんて言う考えは自己宣伝であることを認識して貰う為に、申し入れをすべきと提案したのである。
 私は文書で申し入れよとしたが他4会派の反対で口頭申し入れになった。その際「議長、ご足労ですが」とか、「グレーゾーンで何処が宣伝かはとらえ方による」とかの発言もあった。何て優しいと言うか、緩いと思った。これには吉田市長を応援した議員(藤野君ではない)も「陰で文句言うだけで、自ら厳しく追及しない。それでいて『ニューウイングさん今回はこの辺で』なんて言い訳は要らないよな」と言っていた。 
 市長は「屈託無く」フライングを犯しているようだから、チエック機関の議会は権力者に対し厳しく(感情的ではなく)指摘する必要があるのだ。
 組合は断らないのか 
 最期に職員組合は市長の「広報を駅頭で職員と配布したい」との答弁について、市長の宣伝行為と取られる事に職員を動員するのは如何なものかと言わないのだろうか。 組織として市長選挙時に誰を応援したかは関係なく、新聞記事では市長は『反省しておりこれからは気をつけたい』と答えているのだから市長命令で職員が駅頭配布に動員されるなどという事は明確に拒否すべきではないのか。 職員だって「駅頭配布なんてしたくない」が本音だろう。と思う。は
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by ichiyanagi25 | 2009-10-09 18:47

横須賀イズベチア

広報よこすかイズベスチア化への対応は?
 吉田市長の広報よこすか政府機関紙化(崩壊したソ連政府が発行していた新聞イズベスチアになぞらえタイトルにした)について、議会では陰でぶつぶつ言っているのに表沙汰にしないので昨日私から議運で議会対応をすべく提起した。その記事が今朝(7日)の読売、神奈川に掲載されている。まずはこれを読んでおいて欲しい。
 ついでに言うと今や議会取材は朝、読、神奈川しかしていない。発行部数の少ない新聞と、共同やNHK、TVKは全く取材しない事を知って欲しい。
 昨日正副議長が議運の決定により市長に口頭申し入れをしたが、結果報告を議運を開かないで団長会議で行った。報告を聞いてきた上地団長に「吉田市長のコメントは」と聞くと『全然ハッキリしない、これから用があり帰るので、議運委員としてどの様な答えがあったか事務局に求めておいて』と言う事だったので、今議会事務局に照会中である。それが判明したらディープな報告をするつもりでいる。
 しかし戦い方を知らないというか、寛大な会派が多いので呆れたというのが議運委員としての感想。
 これでは市長、与しやすしと誤解してさらにイレギュラー、サプライズな事をしてくると予測するが、詳しくは次回に譲る。
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by ichiyanagi25 | 2009-10-07 07:31

五輪招致に行く・・行かぬ・・?

五輪招致に行く〇〇、行かぬ〇〇 
 鳩山総理がIOC総会に行くと先週聞いて、負け恥をさらしに行かなくてもと思ってブログに書き込もうと思ったが、横須賀版イズベスチィア(広報よしだ)についてのコメント(これについては又も市長に寛容な会派が出ているので来週報告)を優先したので、結果が出てからの記載になる。
先週CS放送朝日ニュースターの番組で「2016年のオリンピック招致は東京は絶対に勝てない。そこへ鳩山新総理を送り込む動きがあるが、『負け戦に行く事はない』といさめる勢力がJOCや鳩山側近に居るかが試金石」というようなコメントを述べる評論家がいた(名前は忘れた)。
 事実は全くその通りになったが、日本国民の多くも南米初の「ブラジル開催で良いじゃない」と思っているから地上波テレビに出て落胆している連中を除いては冷静に受け止めている。私自身小学生六年の時に五輪マークは五大陸を現すと教わった(色は大陸を特定しないとも)から南米大陸初のリオ開催に全く異論はないし、むしろそこへ対立候補として出て行く石原都知事らの感覚のズレを滑稽に思っていた。
 50年前までは例えば1956年メルボルンが開催地になった時オセアニア初で、北米と欧州から初めて出て行く五輪と言われたし、64年の東京五輪はアジア初(戦後枢軸国としてローマ(60)に次いで2回目)と騒がれた。60年代はアジアで五輪開催できるのは政治体制(韓国中国も独裁体制で、毛主席と朴大統領の反対派粛正と弾圧が凄まじかった)や経済力から言って日本くらいだったが、80年代からの民主化と経済発展でソウルでのパルパル(88)オリンピック開催となった。
 社会主義国家初のモスクワ五輪(80)はアフガン侵攻を理由に米カーター政権がボイコットしたので日本も追随し、多くの選手が泣いて悔しがった。モスコーの前のモントリオール五輪(76)ではアフリカ勢が南ア(アパルトヘイト)問題でボイコットした。84年のロス五輪(2回目)は東欧勢が意趣返しでボイコット。政治的混乱の果て再び全ての大陸が揃ったのは88年ソウル五輪であった。
 そういえば戦前も同じような事があったそうでヒトラー政権下のベルリン五輪(1936)時もユダヤ迫害問題等でアメリカはボイコット寸前だったのをアメリカ五輪委員会のブランデージ(東京五輪時のIOC会長)がヒトラーに人種差別発言をさせないとか黒人選手の勝者にも敬意を払う事を約束させて、ようやく出場となったとの秘話を25年ほど前に聞いた。
  何時の時代も政治が絡む五輪開催だが、五輪旗が示すように五つの輪が五大陸を現すなら次はアフリカ大陸で開催すべきだろう。
 しかし今回日本国民は実によく冷めていた。これだけテレビでリアルに見られる時代、何も日本開催にこだわる必要もない。戦後復興の象徴として日本開催を目を細めて眺めた1964年とは時代がまったく違う。それを無視して招致を進めた石原都知事と自民政権。石原都知事は築地市場移転や新東京銀行に次いでミソをつけた。「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」の実践期に入ったのは確実だ。
 それにもかかわらず、忙しく負けに出かけた鳩山総理。CO2、25%削減の暴走行動よりはマシとはいえ、結果的に石原支援となるのにわざわざコペンハーゲンまで出かける、そのセンスに?である。情報遮断があるようにも見えた。
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by ichiyanagi25 | 2009-10-03 09:57

広報よしだ発行さる

広報よしだ発行さる
 「広報よこすか」10月号は 市民の皆さんには今度の土日或いは来週に届くはずである。その広報が9月末各議員に配布された。一目見てびっくり!した。公費で出される「広報よこすか」が何と吉田市長に「ハイジャック」されていたのである。
 歴代の市長は自分のコメントはコラムで随筆風に載せていた。まあ前市長蒲谷氏の「月下独酌」は評判は芳しくなかったが・・・。しかし歴代市長は幾ら市長になったからと言って広報紙面の全面や見開きを使って自己宣伝に努める事はなかった。広報は自分の宣伝ビラではない事を「常識」として認識していたからだ。
 しかし吉田市長は常識が違っていた。今10月号広報の見開き2面を使い、あの「青年の主張」とか「中学生の研究発表」と揶揄された、所信表明演説を全文掲載したのである。熱狂的吉田ファン以外の有権者ならこの所信表明演説が観念論に終始し、又不得意分野(得意は何だか知らないが)の医療や福祉については何も語っていない事に気が付くだろう。経験もない浅学非才が人の手を借りずに書くとこうなるという見本のような政策文である。同時にこの程度の演説原稿をある意味「得意」になって全文掲載するとは、自分を客観視できない政治家としての欠陥を物語っている。又まわりに信頼が置けるチエック役が誰もいない事を露呈した。
 お手元に配布されたらこの見開き全面広告(自身の写真も2枚使用)をご覧頂きたい。また、たった7年しか住んでいない横須賀の歴史観や文化論についても違和感がないか評価して頂きたい。
 ただ今回ここまで行くと議会も看過しないだろう。確認した範囲では殆どの会派が公私混同であるし広報紙の「私物化」と問題視している。
 カレーランチパフォーマンスの時、公私混同として「何らかの対応をした方がよいのでは」と当会派は議運で提案したが、各会派、実に寛大だったから、本人は市長になれば何でも出来ると勘違いしたのではないか。今回は議会がどの様な対応が取るかだが、現時点ではご注目としか言いようがない。 
 所信表明の質疑で市長は自ら『駅頭で「広報よこすか」を職員と共に配布したい』といった理由が、今回の編集でよく分かった。広報課の諸君は大変だなと同情する。
 この際ハッキリ指摘するが、この様な紙面作りは「広報よしだ」であり、市民にとって必要な行政情報を提供する広報誌の目的、役割を甚だしく逸脱する。もう各町内会に配った後だろうから、市長の私費で紙面分を支払わせるか(それで許されるものではない)或いは配布中止・回収を求める選択肢だってある。
 市長という地方自治体における最高権力者のチエックはまず2元代表制の議員、議会が行う事であり、そして第4の権力ジャーナリズム、マスコミの役割である。それを最終的に評価をするのが有権者の皆さんである。むしろこのチエック力を点検頂きたい。
 取り急ぎ「広報よこすか」改め「広報よしだ」の第1報とするしだい。
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by ichiyanagi25 | 2009-10-01 22:05