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第1回軍港資料館シンポジウムを開いて

第1回軍港資料館シンポジウム
 去る13日日曜日、戦後66年たって始めて「横須賀に軍港資料館を」との、シンポジウムが開かれた。
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 しかしシンポジウムのパネリストを要請した団体からは、まるで落語の寝床の様に断りが次々入った。代表の山本さんに「まさに落語の『寝床』状態ですね」と電話で話した。
落語を余り聞かない人へ『寝床』のあらすじ前半を紹介する。
 大店の主人は大変、義太夫にこっていて、義太夫を店子や店の者に聞かせたがる。今夜も酒肴を用意して、店の者に義太夫の会を催すから是非お出でをと長屋に住む店子達へ触れに回らせる・・・。
 使いの者の報告によると「なんですか提灯屋は開店祝いの提灯を山のように発注されてんてこ舞いで行くに行けない。小間物屋は女房が臨月なためうかがえない。鳶の頭は成田山へお詣りの約束で明日は早くに出ねばならない。豆腐屋は法事に出す、がんもどきの注文を二百も受け、左様に皆、誠に残念ながら行けない」と全店子に断られてしまう。特に豆腐屋が何故来られないか、がんもどき作りの手順の報告が非常に面白い。
さて、話を戻して今回の断り状況だが、私達はいくつかの団体にシンポジウムのパネリストとしての出席を要請した。特に海上自衛隊総監部や防衛議連には代表共々9月に挨拶に行き、出席を願った。また三笠保存会、商工会議所関係にも出席を依頼した。
 後援を了承した市にもせめて課長クラスの出席を要請したが、寝床宜しく法事だかとかで、課長が出られないという。そこで政策推進部長に掛け合い、ようやく主査クラスの出席となった。総監部は「なんで第1軍港の横須賀に自衛隊のPR資料館が何もないのか」と聞かれると返事に困るのか?再三の要請にもパネリストは見合わせたいとして、断られ、当日はお一人が制服を着て一般参加者でみえられた。
 各団体各々欠席理由をいわれるが、本音を言わずに断り理由を見つけるのに苦労?する様子を見て、落語の寝床を思い出し、引き合いに出した次第。
 しかし本音は歴史研究家や議員が市民達と運動を興し、なんで横須賀に何もないのかと始めて表沙汰にして、議論しようとしだしたのが面白くないとか、市長がその気でないのに、そういう所に行って話をするのは、片腹痛いとか、憚られるという意識によるものらしい。
 逆に言うとこの状況こそが旧海軍第1軍港で、横須賀工廠があり海軍航空技術廠があり、横須賀航空隊があったにも関わらず、なんの展示施設もできてこなかった原因であると気がついた。本市の近代歴史を知る為、軍港資料館の必要性については、ステレオタイプの左翼反戦主義者でない限り、否定する話ではない。しかし、ならばと言って誰も本気になって取り組まず、声すら上げてこなかったと言うのが本市の特徴なのだ。
 これが特に第2軍港の呉市と決定的に違う所だ。また佐世保、舞鶴にさえ後れを取っていることは明らかである。現状何もない横須賀は、すべからく人の問題である。
 講師の平間さんは、なぜ横須賀で議論もおきず、何もないのかを講演の中心テーマとして話された。呉市に何故大和ミュージアムができたのか、小笠原元市長が非常に積極的に取り組んだことが大きいと話をされた。
 全くその通りで、予算編成権を一手に握る市長の影響力は絶大である。あれほど多くの反対を押し切って美術館建設をしたのは沢田さんの執念であった。400億円の芸術劇場もそうだが市長が熱を入れねば、建設などできはしないのである。
横須賀の戦後史と資料館論議 
 敗戦により旧海軍は解体し敗戦の年の秋から海軍省は第2復員省になった。新憲法下の横須賀も、ご多分にもれず軍国主義から何でも「平和」を唱えるようになり、町内会の名称に平和がついたりしている。国民学校から小学校にかわったこともあり(占領中はプライマリースクールとの英字表記の看板も掛かっていた)校歌も一斉に平和と発展を祈念する歌詞にかわった。団塊の世代である私の同級生には和平とか民子や憲子の名が見受けられた。戦時中生まれの兄の世代ではクラスに必ず勝利、捷平、靖子がおり、実兄の名はズバリ勝(まさる)だったのと好対照である。軍都横須賀の民心もかように移ろい易いものなのである。だから未だにアレルギー論を採用し海軍の歴史を語るのを忌避しようなどという考えは全くナンセンスと思う。
 昭和25年軍転法が成立し四軍港市は同法を受け入れるかの住民投票をして本市は80%代の賛成で受け入れ、「平和産業港湾都市」を標榜した。しかし皮肉にも選挙から一週間後の昭和25年6月末、朝鮮動乱が始まり冷戦構造が定着する。故に講和条約発行後も米海軍は横須賀に居座る事になる。私はこの事実から本市の「市是」である平和産業港湾都市は投票したその年、昭和25年に崩壊したと見ている。横須賀市の成り立ちを理解する上で、このメルクマールを理解する必要があるだろう。
 1953年に、朝鮮動乱は休戦となったが、再軍備、逆コースをアメリカが保守政党に取らせたことにより、反動勢力への対抗と、社会主義的反米感情から日本国及び横須賀にも社会党を中心に左翼陣営は一定の勢力を持つ。これは1990年代初め自社連立政権成立による55年体制崩壊まで続くことになる。
 昭和20年代は戦後の混乱期で市長も太田市長が議会と対立し職を投げだし、浦郷町出身の石渡直治氏が1期務めたあと官僚梅津市長の誕生となり、市職員組合と鋭く対立。そして社会党と労働勢力が中心になり昭和32年革新?長野市長が誕生する(小泉純也代議士も支援-変則自社共闘)。長野市政はこれまでの短命市長とかわり4期16年続き安定政権となったが、この時期、60年安保闘争と70年安保闘争、それに連動する原潜寄港反対運動も高揚した。また60年代中頃からはベトナム反戦運動も激化し、反基地運動も70年代前半迄は、今と比べものにならないほど、かますまびしく、とても「軍港資料館を」などと口にできる雰囲気ではなかった。
 一方本市の長は1973年に横山市長が誕生して以来、沢田市長、そして蒲谷市長と総務省(内務、自治省)出の移入市長が36年間続いた。この間も軍港資料館の意見など移入市長から一度も聞いたことはない。
 特に考えたいのはバブル期を迎えた80年代後半からの時代性である。この時期非武装中立の社会党は、政権交代をめざすなら自衛隊合憲、安保容認の現実路線への転換論も党内からも出てきていたから保守側や市長サイドから軍港資料館について提起されても、市を2分するイデオロギー対立になったとは思われない。
 これは1990年に社会党横須賀総支部から非労組議員として市議選に立候補しないかと口説かれ、党員になった経験、内部にいた者としてそう感じている(その4年後に自社さ政権となる)。
 さて議会での論議であるが、私が当選した91年から議会では軍港資料館をズバリ提案する話は全く出なかった。海事資料館というようなことで質問は僅かにあったが、保守系の市議会会派もこの問題を顕在化させることはなかった。
 自分の嗜好から海軍カレーを進めた沢田さんも、それ止まりで軍港資料館にまでは到底行かなかった。思想もB級グルメ止まりであったかと皮肉りたくなる。また今の吉田市長は官僚ではないが、転入市長にかわりなく(9年前に移り住む)横須賀に親類縁者はいないから、戦前のことはカタログ歴史の上っ面をなぞったくらいしか承知していないはずだ。これは議会で質疑を交わしていて実感するので、軍港資料館にこだわりを持つとは到底思えない。
唯一家系的にも軍都横須賀と非常にゆかりがあったのが蒲谷前市長である。祖父は海軍軍人で、御尊父も昭和5年に海軍工廠見習い工で就職。昭和7年できたばかりの航空技術廠の電気技術者となり多くの海軍機研究に携わり、戦後はなんと敗戦の年の暮れに米海軍に傭われている。そして蒲谷さんが国家公務員となった後、ベースを定年退職している。歴代市長では一番工廠や航空技術廠を知る立場にあったが、この人は父のことや海軍や工廠、空技廠について殆ど興味と関心を示さなかった(2時間以上の対談で確認している)。
継続的取り組みは市民力にかかる 
 昨日のシンポジウムでは、何故横須賀に何もないのか、論議すら公然とされなかったのか、なんで誰も口火を切らないのかが始めて俎上に上げられた事は、非常に有意義だったと思う。
 結論的に言えば出来かった理由は、横須賀市にある各界人士のやる気の無さの表れであり、特に市民代表で選挙で選ばれてきた市長、市議、県議はその責任を自覚した方がよいだろう。
 第2部の討論では海自関係者も含め「資料館は必要」とする意見が多かった。
 第1回のシンポに参加された市民約80名の多くはこれを契機に、これまでと違う取り組みをし出すであろう。
 来年は戸高一成さんなどをお呼びしながら、具体的取り組みへと進化させたい。誰も口火を切ろうとしない本市風土の中で、ようやく初めてのシンポを行ったわけである。軍港資料館については市民の力によって世論を興す事しかない事をこの際共有したい。
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by ichiyanagi25 | 2011-11-15 18:09

横須賀に軍港史料館を!

横須賀に軍港史料館を!

 チラシのようにシンポジウムを開きます。
 なおパネリストには一部変更があります。また9月16日に海上自衛隊横須賀総監部へ山本代表と私が出席をお願いしに行っていますが、未だに回答がありません。
 海軍第1軍港になぜ展示物一つないのか、関係者が始めて一堂に会して話し合います。美術館よりも前に本市の成り立ちが分かる、史料館こそ必要だったと思います。市民論議の盛り上がりによって史料館建設に結びつける運動の始まりです。奮ってご参加下さい。
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11月13日(日)午後2時より(1:30開場-受け付け開始)
逸見ウエルシティ大会議室(定員200名)

資料代300円
基調講演 平間洋一さん(元防大教授)
呉、佐世保の様子-資料映像
2部シンポジウム パネル討論
市役所 自衛隊関係 市議会 商工会議所青年部などからパネリストが出て語りあいます。


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by ichiyanagi25 | 2011-11-02 10:34