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LNGコンバインド発電のまともな報道

LNGコンバインド発電の記事 
 3、11の原発事故以来、大手新聞とNHKを含む地上波テレビなどメディアがまるで信用がならなくて、官僚と財界そしてアメリカに追随する様が大衆増税とTPP報道で明らかになっている。このブログを読まれている方ならお分かりのはずだ。
 地方紙を除いて、大手新聞は殆ど原発ムラに取り込まれてきた中でブロック紙として唯一脱原発を鮮明にしているのが東京新聞である。
本市の宅配部数
 購入の価値のない新聞ばかりになってと嘆いていたが、3年前から東京新聞を取っている。しみじみ今、全国紙をやめ東京新聞にして良かったと思っているが、市内では東京新聞の宅配分は1950部と2千軒にも達していない。話は少しそれるが本市の各新聞の宅配部数は以下のようになっている。
 原発推進派の老舗新聞、読売は5万部を少し超える。
 この頃原発については少し良くなってきた朝日が約4万部。
 70年代以降凋落著しい毎日は8300部。
 今や紙面改変でお悔やみ欄しか読むところがなくなったと、こき下ろされる地方紙、神奈川も1万4千を切った。
 以下日経が6350、産経が2950部である。
話を脱原発に戻すが、その東京新聞に19日ガスコンバインド発電の記事が5段で報じられた。
 原発の危険性が完全に暴露された今、天然ガス発電こそ21世紀のクリーンかつ安定エネルギーであることを知るべきだ。地球上にまんべんなく天然ガス田があることが確認されているから、石油やウランのように特定の国やエリアに頼らなくてい良い。
 特にシェールガスが活用できるようになってからは、アメリカにも大ガス田が見つかり21世紀中は天然ガスで米国内の発電は賄えるとしているくらいだ。またこのガス田の発見によりロシアのガスがだぶつきだし日本に売りたがっているともいわれる。対米追従の外交をやめロシアから北海道にパイプラインを設置するくらいな転換を進め、国民に安心感を与えねば行けない。それなのに対米追従の野田政権は自民党時代と同じことをしていて、民心の安定すら図らない。
 東京の記事を貼り付けるので読んで欲しい。
 
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 地球温暖化論報道については東京新聞も他のメディアと似たり寄ったりで残念だが、これも現下の情勢から化けの皮が剥がれていくことだろう。地球の気候変動など人為的なことで変わるなど言うのは太陽系宇宙のスケールの大きさから考えれば、眉唾と思うのだが文科省教育の愚民化教育のお陰か、多くの日本人は地球が氷河期と温暖期の繰り返しであることを知らない人が多い。私が6千年前の縄文海進で東京湾は当時サンゴ礁の海であったと言って、「そうですよね」と直ぐ合づちをうつ人は消費税率(5%)以下しか存在しない。
 3,11の原発神話崩壊から地球温暖化論やCO2由来説に疑いを持つ人が増えてきたのは、マインドコントロールが解け出してきた証左で歓迎したい。市議会でもこの点を追及してきたのは私1人であったがこの頃は少し雰囲気が変わりつつある。でも天然ガスの有効性を知り脱原発活動を明確にするのは3人のままだから、市民から市議会派のチエックをして貰いたいところである。
橋本大阪市長の唯一評価するところ 
 ファシズムをひっかけて橋ズムと言われる橋下大阪市長が東京に来て、石原都知事とタッグを組んで東電と関電に対し発送電分離を求めていき、天然ガス発電を湾岸地域に造る旨を発言している。
 橋下を持ち上げるメディアが多いからストレートニュースでこの発言が紹介されている。皮肉れば石原は原発推進者のはずだが、中曽根大勲位と同じく豹変しだしたのか?。橋下はうさんくさく、思想の危険性を感じるが、この所だけは共感できる。
ガス発電で電気の安定供給 
 言いたいのは地球温暖化論は非科学の政治工作(謀略)でありCO2排出など気にせず、豊富でクリーンなガス発電を中心に行えば、こと電力に関して言えばなにも心配ないことを承知することだ。
 脱原発議連としても発送電分離を地方レベルでも求め、また省エネや地域での発電を考えていく。3月の代表質問では横須賀でも出来る発電方式を提案するつもりであるし、その前後に行われる脱原発講座で地域で出来る現実的発電をテーマにしたい。中央集権と電力独占に対する地方の反乱である。ぜひこの点にも関心を持って頂き、ご注目願いたい。
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by ichiyanagi25 | 2011-12-22 18:56

空気読めない環境展示パネル

空気読めない環境展示パネル
 市役所1階北口の展示コーナーで地球温暖化防止という市民洗脳パネル展を環境政策部が行っている。
 ところがこの展示、3,11原発事故以前に造ったものの使い回しらしく、環境省主導の地球温暖化論とエネルギー枯渇論など、善良かつ、おとなしい市民を脅し脅迫するタイプの解説をそのまま出している。
 早速部長に3,11原発事故以前ならまだしも事故を受けての展示とも思えない。地球温暖化論は科学的には仮説に過ぎないこと。また天然ガス田の大量発見やガス抽出技術の進展など今日的情報が丸でないなどを指摘し、それを加えない限り展示はやめるように求めた。
 CO2由来説の地球温暖化論は原発推進の最大理由に使われたように、科学論でなく政治的仕掛けである。もともと日本をターゲットにして排出権取引など環境を金融派生商品にするとんでもない仕掛けが地球温暖化論であり、京都会議なのである。温暖化論を仕掛けたユーロ連中は欧州の経済危機や福島原発事故でこの仕掛けにかげりを見せている。カナダの京都会議からの離脱や京都会議枠組み自体揺らいできたのは本当は歓迎すべき事なのである。
パロディとして見るなら一興 
 温暖化利権とリサイクル利権に堕した官僚がしめる環境省は、ICPP報告の意図的誤訳までして国民を洗脳する謀略にこれ務めている。それを基礎自治体として何の点検もせず、国の言う取り展示するとはとんでもないことなのである。
 原発事故で官僚と東電にコントロールされると政治家の実態、そして学者、マスコミの言う事が殆ど嘘ぱちであることを知恵ある市民は学び見抜いている。故にこのパネル展はパロディとして見るなら価値があるとしておこう。
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展示されているパネルの一枚 天然ガスのことなど一言もない。原油枯渇論についてもロシアの油田発見で石油化石説も疑わしいとされているのにだ。
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by ichiyanagi25 | 2011-12-15 10:21

湘南論、なぜ藤沢に取られたか

湘南論、なぜ藤沢に取られたか
 12月議会では9人の議員が一般質問にたった。
 研政の角井議員が久しぶりに質問に立ち、市長の言う都市像とかビジョンはありふれた言葉を並べているだけで、中身が分からないとの趣旨の質問していたが、同感だ。市長はそれに少し色をなして反論。青臭い表現かもしれないがなどと言っていたが、反論時間はごく僅かであった。表現下手と言うより口先だけでのビジョンとしか感じられない。3つの主張と言うが市長就任から2年以上もたつのに殆ど具体案が出ないからである。市長の3つのビジョンとは以下だとご本人は言う。
1,水と緑に楽しめる街
2,命を大切にする街
3,人づくりの街
 この3つ、何か具体的に取り組んでいるとの実感は市民においても、あるだろうか?
 これについては今後質していくつもりであるが、今回は市長の歴史的認識に関してである。さて湘南論についてであるが、9月議会で浜野議員が何で横須賀に湘南の名がつくのか、おかしいというような質問をして、市長も「湘南ブランドに負けない街作りに努めたい」と答えた。お互い湘南の由来を調べていない質疑であったので、12月議会で横須賀がなぜ湘南なのかを展開して、市長に質したが、質問通告してあるにも関わらず、自らは湘南の由来を詳しく調べていなかった。これでは議論にならない。石原完爾ではないが思想が無い者とは議論は成立しないと言う言葉を思い出した。
 そこで多くの市民も不思議に思う何故横須賀に湘南がつくかという由来を開陳したので掲載する。湘南をなぜ藤沢や鎌倉に取られたのか?。これを許した横須賀の市民性を知ることも大事だと思う。なおこの質問をするにあたって山本詔一さんから資料を頂き、それを元に集中的に調べての指摘である。質問全文を貼り付けるので饒舌な点はご容赦を。
 質問 何故横須賀が湘南か 
 まず9月第3回定例会で浜野議員の一般質問での市長答弁について、色々感じましたので、この際改めて湘南の認識について伺っていきます。
 横須賀の地に何故に湘南を冠するか、湘南を問題にしながら、お互い湘南論の位置づけと歴史的経過については触れられておらず、良く理解した上での答弁なのかと甚だ疑問に感じました。
 市長答弁では『横須賀のネームバリューが葉山や湘南に匹敵するほどになれば、その地名が使われなくなるものと思う。都市イメージの向上をめざしてシティセールスの取り組みを進めて参りたい』と答えられています。
 この答弁をするに当たって、何故横須賀に湘南の名がつくのか、調べられ答弁されたのか、また湘南論が何処の所管か知りませんが、副市長以下、市職員や横須賀に詳しい方に相談したのか、あるいは職員から助言や資料提供はなかったのか、まずお答え下さい。

 先の質疑を聞いて湘南論については四半世紀ほど前、私の大先輩が口角泡を飛ばして横須賀が本家かどうか論争していたことを思い出しました。しかしこれは多くの横須賀市民も漠とした認識しかもっていないと思いますので、この際、中国の瀟湘(しょうしょう)八景にあやかり金沢八景とし、その南の地を指す湘南について、市長の認識を伺いたいと思います。
 なお、湘南についての歴史的経過を調べると、本市の都市イメージ作りと、いわゆるシティセールスの下手さは戦前、戦後を通じて続いていることが分かります。また、せっかく「湘南は横須賀」と展開しながら、それに拘わることなく、戦後は見事に藤沢あたりに湘南をさらわれ、今の湘南イメージが定着してしまいました。
 そこでなぜ横須賀が湘南と呼ばれたのか。また都市イメージとその売り方についても、市長の考えを聞いてみたく、以下質問します。
 まず湘南の由来ですが、中国、湖南省に中国で2番目の大きな湖、洞庭湖があります。
 洞庭湖の面積は増水時には琵琶湖の8倍にもなるそうです。また洞庭とは仙人の住まう洞窟を意味し、湖岸の山々は幽玄なる景色となって人々を魅了しました。
 洞庭湖南の瀟水が湘江に合流して、また長江など他の川も流れて洞庭湖を作り、漢詩や山水画に取り上げられてきました。この光景を描いたものが瀟湘八景で、四季の移ろいや気象の変化、時刻による景色の変わり様を描くほか、漁村風景や山あいにある寺の鐘の音など、心に染み込む風情あるものが画題として八つ選ばれ瀟湘八景とされました。
 さて問題の湘南ですが洞庭湖の南を流れる湘江当たりをさすようで、湖の南が故に湘南となります。この地は禅宗の盛んな地で、鎌倉期に栄西らが禅宗を移入した際に、一緒に湘南の地名が入って来て、鎌倉圏内の金沢から見た景色が洞庭湖に似ることから、金沢八景や湘南の指定に繋がったものと思われます。
 
 江戸時代に入ると豊臣秀吉の唐入、朝鮮侵攻に対して徳川幕府は明との関係改善のため、日明政策を推進しました。
 この時代、友好善隣の雰囲気があったのかと推測されますが、2代将軍秀忠時の1614年、三浦浄心が瀟湘八景に習い『名所和歌物語』の中で金沢八景としました。江戸時代、金沢八景は北斎、広重など人気浮世絵師によって描かれ現在に伝わっています。
 藤沢市はホームページに瀟湘の南岸は藤沢の海に似ているとして藤沢が湘南だと書いていますが、これは原風景を比較すると相当な我田引水と思います。外洋に開けた開放性の相模湾は、江ノ島があるくらいで、どう見ても洞庭湖の南にはほど遠いと思えます。
 明治時代中期までの金沢から猿島にかけての風景は深い入り江が広がり、静かな内湾の水面(みなも)は湖のように映り、かつその中に野島、夏島、烏帽子岩(追浜の沖、夏島の横にあった岩礁-写真参照)が配置され、横須賀の山並みがそれに被さり幽玄な雰囲気も感じられる事から、湘南の景色に似る所が多いと私は感じます。
 
 写真家の肩書きをもつフェリックス・ベアト(注1)が、幕末にこの光景を写真に収め、こうコメントしています。
『金沢ほど休日を過ごすに良い場所は滅多にない。横浜から12マイルほど離れ、馬で2時間もあれば行ける。途中の丘まで来ると(能見台の事)、突然広大な佳景が開ける。
 耕作された肥沃な谷が大きく広がり、(左手には)根岸湾を遠くに望み、浦賀まで続く海岸線にいくつかの景勝の地があり、丁度良い場所に島が一つ二つ点在して(野島や夏島のこと)、しばし立ち止まり眺める価値は十分にある』。
 以上金沢八景と湘南の様子が活き活きと書かれています。
 
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F・ベアトが能見台から撮影した150年程前の金沢から横須賀の光景。左の樹木越しに霞む島が夏島で、中央地続きの島が野島。その左に見える岩礁が烏帽子岩である。1970年代後半日産が再埋め立する迄は、烏帽子岩の跡という石碑が浅い海中に建っていたのを私は現認している。野島左から手前が久良岐郡(横浜南部の旧称。昭和の初め横浜市に編入)。霞む稜線が横須賀の山並みである。フレームから切れているが、もう少し左に振れば猿島も遠望できる。
 写真『F・ベアト幕末写真集』(横浜開港資料普及協会)。 キャプション 一柳
 注Ⅰベアトは幕末の事件、風俗、景色などを写真にして英国に報告するほか写真を売っている-彼を単なる写真家でなく秘密結社に属する情報要員とする説もある。

 質問に戻る
 ですから瀟湘八景を模した金沢八景の南、即ち湘南とは三浦半島それも横須賀北部から猿島当たりを指すとした方が合理的と思われますが、市長はどう思われますか。前回の答弁に拘らずお答え下さい。
 事実昭和6年には北村包直が著者となり「史跡名勝富める湘南半島」と三浦半島を湘南半島とする冊子も発行されています。これはその前年に横浜から浦賀まで開通した湘南電車に影響されての、観光促進のパンフレットとも言えます。
 
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 1931(昭和6)年に発刊された湘南半島を売り出す冊子。郷土史研究家 山本詔一さん提供 

 北村さんはその冊子の中で『今だ史跡名勝を探るに適当な案内役がなく、このため記念艦三笠を見学する者年30万人を越えるも、駅から一路三笠艦を見終われば、再び一路往復するに過ぎず、その他の史跡名称は全く世に埋もれようとしている』と本市の脆弱な観光政策を嘆いています。これは、今も通ずる指摘であると思います。
 本市の横須賀湘南論は日中戦争の激化と太平洋戦争に至る中で、湘南より「大軍港都市、横須賀」に軸足が移ったと思われます。これは戦時中の昭和18年に大楠、佐島などの西地区から逗子まで併合して大軍港市が実現します。
横須賀市湘南を放棄 
 ではここから湘南が失われていく過程を見てみましょう。昭和8年4月には湘南電鉄は東京乗り入れのための京浜電気鉄道と連絡し直通運転を開始。開戦一月前の昭和16年11月に京浜電気鉄道との合併を行い、湘南電気鉄道は解散。湘南電車の名は消えました。更に戦時中は事業統制で強制合併させられ東京急行電鉄となり、湘南の名は更に削がれます。
 昭和23年統合が解かれ、京急電鉄に戻った後、駅名には湘南井田-とか、井田は北久里浜駅の旧名ですが、或いは湘南田浦とか駅名には湘南の名を冠していました。しかし昭和38年には駅名も湘南から京浜に改称統一され、湘南は横須賀との刷り込み効果も自然消滅の道をたどっていきます。
 横須賀を走る私鉄が戦後、湘南を使わなくなると、鉄道省の省線から国鉄になった東海道線は湘南電車として売り出し、藤沢市などが湘南ブランドを専売特許として売り出します。現状の湘南イメージは本市が湘南を放棄した結果であると言えるでしょう。
 どうもこの総括を行政内部でした痕跡があるとは思えません。また前回の答弁から推測すると市長にこの様な歴史があった、と進言する職員もいないようです。
 市長も歴史的経過を調べられた事でしょう。私の指摘にたいして、市長は湘南論に、改めてどの様な評価を下すのかお答え下さい。また都市のイメージ作りと都市ブランドの拘りに横須賀市が極めて淡泊で、戦略的に欠ける所があったとすれば何処に原因があったと思われるか、この際お聞かせ下さい。以上で一問を終わります。

 答弁は淡泊で一応「議員の指摘は傾聴に値します」と答弁したが、今更湘南の本家論を戦わしても詮ないから、戦わず、横須賀ブランドを造るという答え。
 原風景を見れば横須賀が湘南との見方ができるはずだ。まあ市長が言うようにあちらに取られて60年、イメージが固定した中でこっちが本家と言って、湘南を取り合っても詮ないと私も思う。しかし湘南は我地と思い込んでいる近隣の市長と話す時、湘南論の知識を持つことは重要と指摘した。

 質疑は中継録画で見ることができます。湘南論に興味のある方、また市長の拘りを確認したい方はご覧下さい。11月29日本会議4番目の質問です。
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by ichiyanagi25 | 2011-12-11 10:13

脱原発公開セミナー第3回のお知らせ

脱原発公開セミナー第3回のお知らせ
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標記のセミナーを行います。
日時 12月12日(月)7pm(6:30開場)
場所 汐入産交プラザ第2研修室
資料代300円
テーマ
1,東電以外から電気を買う、特定規模電気事業者との契約について
  布施哲也さん
2,都市型コンパクト天然ガス発電について
 横須賀パワー発電所社長 松本隆司さん
3,議会報告 来年度度横須賀市(教委)の東電以外との買電契約動向。
 小林議員
4,市民請願運動について
 今井美智子

 今回は地に足がついた現実的プランがテーマです。また脱原発の発電で一番有効で現実的なのが、都市でも導入できる天然ガス発電です。東電の広告料の影響か?マスコミが報道しない事が専門家から語られます。また横須賀市でも来年度から東電以外から電力を買う方向性が出てきました。議連が求めてきたことの実現です。これら市議会報告もありますので、奮ってご参加下さい。
 なお藤野議員のHPにもありますが昨5日記者クラブで本セミナーの会見を2人で行いました。会見には毎日、朝日、神奈川の3社しかみえられませんでしたので、改めて本ブログをご覧の皆様に紹介致します。お知り合いの方にも転送して頂いて結構です。

ご注意
 前回、一般参加者が会場内で撮影しているとの苦情が来ました。
当会主催のセミナー、集会、シンポジウムについての著作権は当議連にあります。
 また会場及び参加者のセキュリティ問題と肖像権の保護の観点から、本セミナーよりスタッフ以外の写真撮影(動画も含む)、録音は全て禁止といたします。隠し撮り(録音)を発見した場合は電磁気録の抹消を求め、かつ退場措置を執りますのでご承知下さい。
                             脱原発議連代表 一柳 洋
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by ichiyanagi25 | 2011-12-06 11:24

かくも軽い閣僚と国会議員は対米追従派ばかり

かくも軽い閣僚と国会議員は対米追従派ばかり
 
植民地内閣で日本は亡国の道へ  
 来週、一川防衛相の首が飛ぶようだ。
 95年沖縄でおきた米海兵隊員による少女強姦事件を、あのように答弁するとは何をか況や。あるサークルの役員が私だってあんな答弁はしないと言っていた。
 今回は始めから防衛閣僚の任でないものを適任として選んだ野田ドジョウも傷つくだろう。マスコミが庇えば余計足下がみえる。沖縄防衛局長の件の沖縄への差別意識丸出しの「犯す」発言の直後だから、本来総理たる者は防衛相を罷免するのが筋である。しかしそれもできない。
 大体95年の事件はその前にも沖縄では泣き寝入り強姦・暴行事件が多く、少女の両親がここでまた泣き寝入りしたんでは更に犠牲が続くと沖縄女性の人権を守るために、決意し訴えたのである。少女の輪姦はクリントン大統領を慌てさせ、事件後、特別行動委員会(SACO)をつくり両国政府は、沖縄県民の負担を軽減し、それにより日米同盟関係を強化するために、SACOのプロセスに着手した(その後地位協定の一部改定や土地返還-普天間移転など)。
 この事実を述べればよいのに、あの答弁は馬鹿丸出しだ。この程度の議員が平均値の民主と自民なのである。安住財相などちびっ子ギャングそのものだ。財務官僚にだっこされる馬鹿面にこの頃は怒る気力さえ失せてきた。
 安倍内閣は「お友達内閣」と揶揄されたが、3代目民主の野田内閣は幼稚園「お遊戯内閣」だ。そしてこういう腰抜けふぬけ連中は大体対米追従派である。こんな閣僚で外交交渉などできるわけはない。
 国益はドンドン失われる。今の与野党議員のレベルでは選挙をしても状況そう変わらないだろうが、ここまで来ると看過できないから来年はもう解散して貰おう。
 しかし民主も駄目なら自民もどうしようもない。腑抜け自民執行部は橋下大阪市長にも早くも「同じ保守でシンパシーがある」(石原幹事長)などととスリより発言をしだした。情けないにも程がある。先週まで民主そして共産とまで手を組んで平松市長を応援したのは何だったのか。選挙民を愚弄している。
 橋下に擦り寄るのではなく地域主権の確立をどうするかをまともに考え主張することが大事なのだが、自民、民主に期待するだけ無駄だ。両党所属の多くの地方議員も覇気がない。これでは国、地方とも駄目だ。
 真の支配層は政権交代がおきてもいいように、周到に民主の中にも対米追従と財務追従、そして財界追従の売国議員を十分配置していたことがこの2年でハッキリした。
 次の総選挙では自民も民主も勝てないが、代わりに伸びそうなみんなの党も、危うい。橋下への関与もそうだが、江田憲司などTPPに見れれる見解と、官僚批判追及の不徹底が露骨に感じられるようになっている。この党もキャスティングボードを握るといつ転ぶか分からない。
 次の選挙では非TPP、増税反対、脱原発をキーワードに選ぶしかないが、本11区では入れる候補がいない。
選挙民がマシにならねば自国は救われない
 現状を変えるには少し時間はかかるが愚民化教育(偏差値教育がその象徴)の見直しと、組織を頼る能なし議員しか生まない小選挙区制を早く中選挙区に戻すことだ。そして地方議員は党を超えて地域主権に目覚めることだ。いまや自民、民主は国民にとって有害無益である。自分の生き残りの為に政党にすがる議員など要らないのだ。早く2党とも割れるのが国民のためだ。
 救国の道について、何より有権者が気がつくことだが、これも危うい。
 時事の世論調査で対米関係は良好としている者が80%超えだとの報道が今日出ている。理由は「トモダチ作戦」の効果だそうだが、これはマスコミの洗脳のなせる技だ。吉田市長も米海軍基地の市長としてトモダチ作戦に感謝を表明しているから。もう何をか・・・である。
 アメリカはそれほど善意な人道家ではない。この請求書は対日要求書などで来年はどっと来るだろう(報道されない)。
 元陸相補で退官して原発、アメリカに騙されるなとしている池田整治さんを来年2月末の当方集いの講師にお呼びすることになった。是非アメリカの対日支配の真相と地球温暖化と原発など、インテリジェンスに関する事を、陸上自衛隊中枢におられ、オウム上九一色村のサティアンに入ったりテロ対策の任に当たっていた同氏の講演を聴いて欲しい。
 この講演については年明けに詳しい案内をします。
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by ichiyanagi25 | 2011-12-04 19:54

地方主権と大阪維新の会

地方主権と大阪維新の会
 大阪市長と大阪府の知事が橋下が仕掛けたダブル戦に勝ち大阪維新の会でしめられた。
 メデイアは橋下に若干の警戒心を示しながら、既存政党の敗北と位置づけている所が多い。確かに既成政党、特に自民党は地域主権に熱心ではない。民主党政権になってマスコミに報じらない中で、10年前の分権一括法以降、本年は珍しく分権の2次改革が進んだ年であった。今年8月、菅政権の退陣と引き替えで第2次分権法が成立した。この法律の成立についてメディアは全く報道しないから、地方議員でも知らないのが多くいる。しかし今回の権限委譲は県権限を一般市にある程度委譲するというもので総務省(国)が認める範囲での分権に過ぎない。また本市のように中核市で以前から保健所をもっているような所は余り大きな権限委譲ではない。
 政権交代で地域主権の本格論議が始まるものと期待していたが、官僚にしてやられる民主党だったので、自民時代に逆戻りで根源的な権限、財源の地方移転は全く進んでいない。少なくとも自民、民主“2大”政党が過半を占める限り地域主権は進まないことが分かった。
 そこへ大阪維新の会が切り込んだわけだ。しかし橋下一派のやり方は強引で、小泉郵政選挙のように「抵抗」勢力を仕立て上げ反対者は叩きつぶすやり方は、非常に危険で今後多くの混乱をもたらすであろう。特に現職市長を応援した市職員は辞表を出せとか、教育委員会や教職委員組合に対する発言は報復人事の表明であり全くもって権力の乱用だ。権力者が一番慎まねばならぬ事を公言しているのだから大阪府民は厳しい監視が必要だ。
 地域主権に基づく権限財源委譲は地域市民の為に行うもので、それが強圧恐怖型のもであってはならない。こう言う輩が中央官僚が狙う道州制とくっついたら非常に危険だ。そしてこういう地域新党にあやかり立候補する奴らは軽いのが実に多い。みんなの党や減税日本に入る地方議員を見ても勉強不足で基礎知識もなくレベルが低い。今年の県議選で横須賀で最下位当選したみんなの党の姉ちゃん議員なんて皆さん覚えていますか?。粗製乱造議員では官僚と戦い地域主権など勝ち取れるわけはない。
 首都県議員も発言しよう 
 私は取りあえず、今回の大阪の乱については冷静に対処しながら、しかし地域主権論を確実に進めるために首都圏の地方議員や首長は、地域主権の現実的ステップを考え市民に提示していく必要があると思う。
 具体的分権ステップでは平成の水ぶくれ政令市は別にして100万人を超え、財政力指数もそれなりにある千葉までの13政令市には、完全に県並み権限を委譲し、13政令市の区には公選区長と、区議会をおき今のマンモス行政を解消し住民に近づく市政を実現することだ。
 当然そうなれば政令市から出ている県会議員は全廃だ。こうすると神奈川県議会議員は半分になる。次いで中核市の本市には平成政令の相模原市レベルの権限を与えるべきで、水道局と保健所をもつ本市には警察と高校以外の権限を渡し、本市選出の県会議員は半減の3人で十分だ。
 政令市の区議会定数は人口2万人に1人程度、議員報酬も800万円程度にして、きめ細かな代議政治を行うことだ。大体370万人の横浜市を今のシステムで行政運営するには民意は全く反映しにくくなる。県並み権限をもつ横浜市議は横浜市全体のことを考え港湾を始め、経済の発展をはかり、3次医療を賄うようにすれば市民的メリットも増すだろう。横浜18区の議員定数87も2、30議席程へらせば区議会を造っても県議の全廃とあわせればそう財政負担は増えることはなく代議政治が身近になる。
 そして議会の有り様も考える必要がある。行政に議会がどう関与するのか、制度を考えることであり、区予算については区議会に任せる方式を2年ほどかけて論議することが、まさに地域主権に何が必要か市民を巻き込んで行う事が大事だろう。、
 12月14日に開港記念会館で政令市市議会をどう考えるかの議員有志の集まりがある。それに出かけてみる。
 横須賀市議会を見ていると地域主権を実現していこうと意欲に燃える議員は少数としか感じられない。市長においてはその気概は更に感じられない。
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by ichiyanagi25 | 2011-12-01 18:31