<   2012年 05月 ( 5 )   > この月の画像一覧

この頃感じる事、政府と市政に騙されないために

この頃感じる事、政府と市政に騙されないために
 この3日間は金環日食とスカイツリー開業で何処のテレビを見てもこればっかり。
 この20年、朝食時以降は頭が腐らないようテレビは殆ど見ないから、何時でもこんなバカ騒ぎぶりなのだろう。
 昨朝(23日)のニュースで21日の日食騒ぎで網膜に異常をきたしたのが全国で100名以上という。シニカルに嗤うしかない。
 スカイツリーを騒ぎまくるメディアに天が「まあ静まりなさい」と、この時期なのに氷雨を降らしまさに冷や水をかけた。そして視界をすこぶる悪くし、エレベーターまで止らせた。ある程度風が吹くと止まるエレベーターらしい。何事にも突っ込み不足のメデァイは風速何メートル吹くと止まるかと聞かないから、いきたい人は閉じ込め回避のために自分で確かめるしかないだろう。
 天の邪鬼な私はオープン記念日にスカイツリーとは無縁な岩波ホールに英豪合作映画『オレンジと太陽』を見に行った。今のハリウッド映画は正邪が明確(単純)でCGを多用し、破壊と殺人のワンパターンだから、この頃入りが悪いそうだ。スーパースターが現れないのと、分かりか切った筋書きでは飽きられても無理はない。
さてこの映画は
 映画『オレンジと太陽』ストーリー:
 1986年、マーガレット(主演女優エミリー・ワトソン)は、イギリスのノッティンガムでソーシャルワーカーとして働いていた。結婚して子どもにも恵まれた彼女は、ある晩の会議後の路上で豪州から来たという女性から衝撃的な告白を聞く。当時児童養護施設にいた4歳の彼女は、30年ほど前に何と船でノッティンガムからオーストラリアまで送られたというのだ。そして「私の本当の名は、家族は、本当の母は元気なのか知りたい」。また他からも児童養護施設から大量に豪州に送られた子供のことを調べて欲しいと言われる。彼女はそのことをきっかけに、本件に関して調査を進めていくと、ばく大な「児童移民」がいることを知る。そして、その陰には英豪政府と教会の重大な関与が……。
 ドキュメンタリ-ではなく、劇映画に仕立て、声高ではないが政府は何時もこの様な非人道的なことを下層国民にすること。親子の情、家族への思いは国家と教会という権力の圧力を穏やかに跳ね返してとのストーリー展開で、兎に角教会が子供を使い強制労働させ、性的おもちゃにさせられたり、更に成人になってからも年季奉公させたり、子供期の養育費として金を請求したりとの事実が出てくる。英豪政府がオーストラリア開発のために犠牲にしたのはアボリジニなど原住民だけではなく、自国民さえというのがこの映画である。
 我が国の財務省官僚がこの映画を見たら、我が国は「そこまでしないで増税だけにしてやるんだから有りがたく思え」とくらいにしか感じないかも知れない。
 何時も言うように政府や吉田市政に騙されないようにしないと、とんでもないババを引く。政府の酷さはもう言う必要もないだろうが、このブログをネガティブにチエックしている人はどうでもよいが、本ブログに好意的関心を持つ方は、NHK&民放テレビ、それと東京新聞以外の新聞には騙されず、自分が信用できるソースから情報を取って自己防衛に努めて欲しいと思う。
 真似下政経塾の人育ての真髄 
 ところで、この記事を書いていて、ふと思った。野田や前原など松下政経塾出の議員が総理や閣僚になってからの姿を見ると、松下翁がこの政経塾を作ったのは、つまるところ要職に就いたら「官僚と財界の言うことを聞く政治屋」を育てる機関だった、と理解すると納得できるのではないか、と。
 吉田市長も松下政経塾出の頭脳構造に似ている。こちらも副市長や市職員にとって「御輿は軽くてパーが良い」を体現している。昨年の質問で戦後の金融と経済を仕切ったブレトンウッズ体制を聞いた時ロクに答えられなかったから、政治経済の基礎知識がなっていない(一問一答方式は相手のレベルが確認出来るから良い)。
 今の市長は特段市民を騙す事(国と違い市では無理)はしていないが、市民の為になる事は自分から殆ど考え出していない。なぜならば思想哲学がなく決然とした思考の元にビジョンが作り出せない。前市長のネガティブ批判の選挙対策しかない。 だからデフレ下の経済対策や公共事業で活性化するというケインジアン的発想もない。要するにどうして良いか知恵が出ない頭脳構造なのだ。
 市の予算など投資的経費をぬけば、後は扶助費なり給与費なりの義務的経費しかない。義務経費はルールと制度のがんじがらめだから役人が淡々とこなすだけ。言い方を変えると「休まず遅れず働かず」で平均的公務員能力の「お役所仕事」で日常業務はこなせてしまう。
 そうなると信賞必罰で管理(沢田市長ばりの経験があり、睨みがきく)をしないと部下は仕事を全うしなくなる。さて若く未経験で底の浅い市長に仕える今の副市長は野田内閣の財務官僚並み気分ではないかと思ってしまう。市長を支えるなんて気が毛頭無いことが3月議会で表面化した。水ビジネスの答弁などもうバラバラだった。今の横須賀市は組織(行政機関)としては体をなしていないと当会派は見る。反論があれば是非伺いたいところだ。
 義務的経費について補足したい。扶助費は分権論に基づきナショナルミニマムとシビルミニマムの仕分けをきちっとして、権限、財源を自治体に渡した方が市民の為になるとの提起ができれば、がらっと変わる。しかし無理。これは議会勢力についても同様だ。
 なおこのブログは市政や国政に関心のある、玄人的な人に読んで欲しいと思っている。そのつもりでお読み頂けると、理解頂けるはずだ。
 取りあえず本日はこれまで。
 ところで5月18日に行った脱原発議連の第6回講座の城南信用金庫理事長、吉原 毅さんの話は等身大の話で非常に聞き応えがあった。地球温暖化論に基づいてゴアがノーベル平和賞(IPCCも)を取ったりしたときはCO2犯人説を信じて原発は良い物と思っていたがそれがすべて違う事。メデイァが如何に真実を伝えないかを経験に照らして述べられた。次回はその要点をアップしたい。
 また副島隆彦さんが予測する、次の衆院選挙では民主が大敗(これは誰もそう思う)の中、自・公とみんな、そして大阪維新の会の連合政権ができ、総理は石破、副総理に橋下との予測について、を考えてみたい。
[PR]

by ichiyanagi25 | 2012-05-24 19:42

小沢潰し、そこまでやるかの消費増税勢力

小沢潰し、そこまでやるかの消費増税勢力
 もう先週のことで記憶が薄らいでいるかも知れないが、まさに「そこまでやるか」の小沢潰しの為の控訴である。消費増税を実現したい霞ヶ関官僚連合軍と民主主流派は指定弁護士をして控訴に踏み切らせた。もう暗澹たる気分だ。
 財務省を中心とする官僚連合と民主主流派にすれば小沢勢力を勢いずかせないために、9月の代表選まで押しとどめておくには控訴が一番手っ取り早い。2審無罪は関係ない。
 私は小沢氏自身の政策能力とそれが国民の為になるのか全幅の信頼など置いていない。むしろ疑問の法が多いが、ここまでやるとはである。少し力のある抵抗勢力はすべて潰せと言うやり方は気に入らないし、許せない。こういうやり方は国民の為にはならない。
 メデァイも10日テレ朝、朝8時からのモーニングバードではコメンテーターの玉川なり松尾貴史などが「これで控訴はないだろう」と指定弁護士らを批判している。ただ多くのメデァイアは控訴は当然という論調だ。まあテレビも新聞も無罪判決が出る前までは必ず小沢の後に被告という形容詞を使い刷り込み効果を狙っていた。1審無罪の今はさすがに「被告」は使っていないが、控訴されて当然として、灰色であり無罪確定はしていないと煽り続けている。故に大手マスゴミが行う世論誘導調査では6,7割の国民が起訴は当然としている。
 だいたいこの匿名検察審査会による強制起訴の訴因は政治資金の不実記載である。元来修正申告ですむもので、小沢と同じような件を修正で済ました政治家は20名にも及ぶとも言われる。言わば軽犯罪法の類を、さも疑獄事件でもあるように見せかけているにすぎない。官僚の政治家潰しを原発村同様の構図で協力するメディアと、その意向を受けた弁護士がリレー方式で任務を果たしている。これは政治家抹殺の新方式である。 
 匿名検察審査会に強制起訴権限を持たせたのは支配層が政敵潰しのために仕掛けた地雷のようなものだ。
政権交代阻止と小沢総理阻止から始まった 
 思い起こせばこの件の始まりは09年の2月からだから、まずもっての小沢攻撃の目的は政権交代阻止。次に小沢を党首(総理)とさせないにあり、その目的はアメリカへの非追従派と消費増税反対派にヘゲモニーを握らせないという戦略のもとに始まった、とみるしかないだろう。
 検察審査会の強制起訴について当初指定弁護士らは、裁判にかけ判断して貰うためだと言い訳していたが、無罪判決に対し控訴するとは何が何でも有罪にしたいか、また兎に角小沢を制約する目的で控訴したとしか思えない。
 財務省らにすればアホドジョウ野田政権に消費増税させるのが真の目的で、民主主流派を巻き込んで小沢封じ込めを狙い、この控訴にによって小沢派大量離党に持っていき、これまた操られる自民主流派と連合させて消費増税法案を通す。その結果、国民の怒りを買い自民、民主両方が次の総選挙で大負しようが一向に構わないわけだ。
 自民、民主の議員達が自分達は官僚に使い捨てにされるとの認識がないのはアホとしか言いようがない。自民、民主敗退の穴埋めに橋下のような第三勢力を伸ばして、自分達がコントロールできる連立政権を作らせればよいわけだ。この流れにくれぐれも草の根市民が騙されないようにしないといけない。
 「まね下政経塾」出だとか、苦労や貧乏を知らない軽い政治家ばかりになって党人派のたたき上げが自民にも民主に絶滅危惧種になったことが国民の悲劇だ。小泉進次郎にしても当選一期の若僧なのだから昔なら雑巾がけで専門性を磨かねばならぬのに、メディアに持ち上げられ、ジェラルドカーチスらに思想教育を受けているらしい。この様な駆け出し世襲議員を本市有権者の半数はアイドル・タレント扱いして、選挙のために現れるとキャーキャー騒いで、いい歳取った爺婆までが写真を一緒にとって悦に入っている。まったくどうしようもない有権者連中だと正直思ってしまう。横粂が勝手に橫須賀を離れ、次の選挙では何の憂いもないなく次の選挙では18万票だろう(但し棄権が増え投票率は下がるだろう)。
 早く中選挙区制に戻さないと橫須賀は田川(誠一)先生を最後に、まともな国会議員を永遠に出せない選挙区になってしまう事を憂う。
[PR]

by ichiyanagi25 | 2012-05-16 08:25

脱原発第6回公開市民講座

第6回目の公開講座を以下行います。
今回の講師は城南信用金庫理事長の吉原毅さんです。
詳しくはチラシをご覧下さい。
なお名前だけ売れていても中身のない「原発タレント」などはこれからは呼ばず、地道にしっかりと活動や報道をしている方を講師としてお呼びし講座を開いていきます。
民主党も自民党もどうしようもなく、電事連や官僚、御用学者と御用NPO及び大手メディアで構成される原発ムラを解体して行くには地方からの動きしかありません。市民の皆さんの参加をお待ちしています。
新聞は私達の活動を殆ど報じません。是非このブログ等を活用し橫須賀での脱原発活動を広めて下さい。
脱原発議連代表 一柳 洋

f0165519_1745399.jpg

[PR]

by ichiyanagi25 | 2012-05-11 17:51

何故毅然たる態度がとれないかを考える!

何故毅然たる態度がとれないかを考える!
分析
 先週2日にニューウイングとして議長の取るべき態度について見解を載せた。長から議会の権能を無視されたり侵害された場合、議員、議会はどうすべきか論議できればと思っていたが、理論だった反論や意見が議会筋から寄せられない。まことに残念だ。市民もこの際地方政治の有り様と議会の存在意義を考えて貰いたいと強く思う。
 まず議会の権能と議員に与えられている権利、権限について、議員や市民がどの様に自覚し、それを侵されたとき毅然としてどの様な態度を取るか、日々考え自覚しているかと言うことになるのではないか。
 日本国憲法では主権者は国民一人一人にあると規定している。主権には国家の意思や独立国家の証という意味もある(詳しくは辞書を読んで欲しい)。故に明治憲法では主権は天皇にあるとされていた。
 日本国憲法にある主権者に年齢規定や性別規定はないから、主権在民と言うことは日本国籍をもつ赤ん坊から死ぬ直前までの生命ある日本国民と言う事になる。ではこの一億二千数百万の主権者国民がてんでんバラバラに意見を行ったらどうなるか。意見は出るがまとまらないと言うのが結論となる。第一何処(場所、議場?)でその論議を交わすのか。
 そこで議会制民主主義をとり主権者である国民、市民から4年間自分の代わりに主権を行使して欲しいと言うことで国会議員や地方(県会から村会)議員が選挙で選ばれる。
議員は主権の行使者との自覚   
 憲法は主権は国民一人一人にあることを明記しているが、戦後は公職選挙法で20才以上の国民に投票権を与える事にした(普通選挙や女性参政権については歴史を調べられたい)。では選挙で選ぶ、選び出すという投票行為を思いおこして、なんでその人に入れるか。更に付け加えれば、自分の権利を行使して貰うために、信託できる代表を選ぶ選挙とはどういうことかをもう一度市民も議員も考えることだと思う。
 ここからが一番大事なところだが国民(市民)が持つ主権の行使は、選挙で選ばれた議員及び首長が行うのである。これは憲法の前文に以下書いてある。
 『そもそも国政は国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する』と明確に規定している。
 市議会の場合国政を市政、に国民を市民に読み替える。すると『そもそも市政は市民の厳粛な信託によるものであって、その権威は市民に由来し、市民の代表者がこれを行使し、その福利は市民がこれを享受する』と言うことになる。
 先週の5月3日は憲法記念日だったが護憲派は勿論、改憲派もここを変えるとは一言も言っていない。なぜなら引き続いて憲法前文に『これは人類普遍の原理であり、かかる原理に基づくものである』とあるからだ。
 議員は国民・市民(同一主権者)から厳粛な信託を受けて主権の行使者として行動するのであり、主権の行使を主権者の代表としてしっかり行ったのかを4年に一度の選挙で有権者の審判(信任票)を得るのである。
 また当選したなら横須賀市議として議会基本条例にある『執行機関への監視・評価機能の充実に努め、自由闊達な討議により政策形成能力の向上と、それにもとづく立案、提言を行う』を実践しなければならないのだ。その自覚と行動に対して一千万円を超す報酬と百数十万円の政務調査費が支払われるのである。
 この自覚に欠けるところなきや。となる。言わずもがな、だからか知らないが、ここを殆どの人が指摘しない。当選証書交付の時、議長が主権の行使者としての自覚を当選議員達に説いた方が良いと思う。6期22年目の議員として、どうもこの基本認識の理解と覚悟にかけている議員が多いと感じるのである。だから年端もいかない長にコケにされても何も感じないようになったら、おしまいではないか。と言うことなのだ。
 そこで更に考えた。何故こうなってしまうのか。それは元来地方議会に有りもしない「市長与党」意識を払拭しないと長との緊張関係が作れないと言うことではないか。
 一昨年に三重県議会の議長経験者から、「三重県議会は北川知事以来、知事選に県議の応援は頼まないし、県議選の応援も知事はしない」と聞いた。二元代表制でしかも機関対立主義を取る地方議会であるから長も議員も機関に属する者として、このくらいの矜持を持つべきと思う(私は後援会行事に一度も長を呼んだことはない)。
 3月議会でも妙に市長に理解を示す議員がいたが、調べると自分の新年会に吉田市長を招いている共通項があった。特に不可解に感じるのは3年前の選挙で蒲谷市長を応援したはずなのに今や吉田市長を行事に呼ぶ議員がいることだ。なぜ対立候補に乗り換えたのか見解くらい明らかにすべきではないのか。と思うこの頃である。
[PR]

by ichiyanagi25 | 2012-05-09 09:10

市長に対する議長の対応について

 昨5月1日午後1時に議長と会い見解書を手渡したので、予告通り当会派の見解を公表します。
 当会派の見解に関心を示される同僚議員、また市民におかれては、当会派の見解をよく吟味頂くよう要請します。
 市長に対する議長の対応について
ニューウイングの見解

議長 山口道夫様
議決機関の決議を拒否された場合の取るべき対応 
 議員内閣制をとらず、首長(執行機関)と議決機関の議会を置く二元代表制は機関対立主義に基づいて運営される地方政治であり、市議会の最大権能は議決である。
 しかし戦後多くの地方議会はこの二元代表制、機関対立主義により長との緊張関係を築くことを怠って来た事は否めない。本市議会はそれを打破すべく、一昨年議会基本条例を全会一致で制定した。同条例の前文に於いて『執行機関への監視・評価機能の充実に努め、自由闊達な討議により政策形成能力の向上と、それにもとづく立案、提言を行う』旨を明記している。
 自治法や議会基本条例の趣旨からして議決機関は、長から提案される予算や議案に対し、是々非々で判断し、長から示される議案内容が主権者(市民)に対して有効なのかを判断する事が求められる。
 具体的には長の提案に対し修正すべき点があれば、修正案を提起し、または組み替え動議を出して再考を促す事が自治法で認められている。これが議決機関の最高の権限なのである。故に修正案に長が再議を求めなければ修正案が通り、長はそれに基づいて予算執行しなければならない。
 付帯決議については法的拘束力は無いものの、二元代表制の議会が議決すると言う事は、市民代表による議決なのである。長は議会の議決を最大限、尊重する事によって二元代表制に基づく円滑なる市政運営が行われるのである。
 しかるに今回、吉田市長は住宅リフォーム助成についての付帯決議を、請願時の所見と同じ理由で拒否した。しかも請願が議会で採択されたという事実に一見応えるフリをして、願意や付帯決議に反する空き屋にのみ助成対象とするとしたのである。ようするに吉田市長は議会が全会一致で示した意志(決議)を確信的に拒否したのである。
 これに対し4月16日の団長会議では議会を代表し議長は何らかの見解を示すべきと言う事になったが、議長の設定による4月20日の市長との会見で、議会の意志を明確に示さない中途半端な状況にしてしまった。これは議会基本条例にもとるのではないか。 議長は議会の代表であり議会の意志を示し、今回の場合は最低限、遺憾の意を現すべきと思慮される。
 今回の議長対応は議会基本条例制定以前のような長と議会を妥協的に取り持つような曖昧な状況に引き戻したと思慮され、当会派は故に極めて遺憾である事を表明する。
 議長におかれては議会基本条例の趣旨を活かし、議会の権能を市長らに蔑ろにされない様、努められることを当会派は希求するものである。 以上
                 2012年4月27日  
                                 ニューウイング橫須賀
                                     団長 上地 克明 
                                   副団長 一柳 洋
[PR]

by ichiyanagi25 | 2012-05-02 10:18