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煽られない事と踊らされないこと

煽られない事と踊らされないこと
 昨年来拘束されていた2人の日本人を交渉材料に「イスラム国」と称されるイスラム地域武装組織が安倍総理の従米外交を盾に取り、2億ドルの「身代金」を要求してきた。
 ヨーロッパ・中東を巡る、イスラムとキリスト教の争いは千年以上にも及ぶ。宗教対立や利害関係を含んで日本人が感覚的に掴む事が難しい構造の中にある。
 日本で流される外電は殆どが欧米キリスト教国のメデイアであるから、先ずそこからバイアスがかかっている。くれぐれも仏教や八百万の神を崇める日本人は政府とメディアに煽られないこと、そして踊らされないことである。何より冷静に眺めることだ。
 だいたい今度のことも安倍の対米追従外交で良いところを見せようとした行為から生じた、と見た方が良いだろう。
 80年代までの自民党は対米従属ばかりではないから73年のオイルショックを機に中東独自資源外交も田中、福田、大平と歴代総理がやってきた。
 だからアジアの国家で非キリスト教国と言うこともありイスラム教徒やアラブ諸国は日本を旧キリスト教帝国主義国家(欧米列強)と区別し、むしろ味方として扱っていた。
 それが小泉政権以降、日本はアメリカの完全な僕になり下がり、イスラム教国家(特に中東)からは米帝のパシリ国家と見られ、敵国の仲間に入るようになってしまった。
 私達国民は、まず煽られないようにを自覚しよう。自分の国の置かれてる状況さえ的確に捉えている国民が少ない事をまず思い浮かべる事だ。だから中東やヨーロッパ、ユダヤとアラブなど宗教を軸とする千年(11世紀からの十字軍遠征によるイスラムとの戦闘)以上の争いに簡単に首を突っ込むことなどは、およそ賢者のやることではない。
 聖地メッカの取り合いから始まる殺戮と領土の奪い合いは、今日においても民族感情や国家間対立などを何ら解決していないし、イスラエルはイスラムのアラブ諸国を敵視して、ユダヤ勢力の点でアメリカを常に巻き込んで紛争が終わらない。
 パレスチナを巡る問題は20世紀の欧米列強がその帝国主義の支配構造から一層複雑にして今日いたる。そして戦争或いは紛争、また革命や反政府活動には常に陰謀や策略が絡み、反政府派や非主流の宗派に対してはCIAなどの情報機関からの資金や武器提供によって紛争や反政府闘争が起こされているのである。
 日本人はこの様に裏や背景を読む教育を受けておらず、また本当の情報を得られないから、煽られやすい。また国家としてはこの宗教と中東情勢に安易に一方に肩入れする事ほど危険なことはない。今回の安倍イスラエル訪問や言動はこれから逸脱している。
報道を鵜吞みにしない訓練を
 昨年ウクライナやクリミアを巡ってロシアとウクライナの対立があり、飛行機も撃ち落とされたりしたが、あそこも長い民族間対立と、ユダヤも含んでの複雑な絡みの歴史があるそうだ。
 インドネシア機の撃墜に関してもどうやらウクライナ軍の戦闘機による撃墜説の方が正しいようだ。これはレーダー画像の他、アメリカの軍事偵察衛星がちょうど撃墜時、ウクライナの上を飛んでおりアメリカも其れを掴んでいたという。ラブロフ外相が「アメリカも其れを知っているはず」と言ったとたん報道量が一気に減って、親ロシア派による迎撃ミサイルによる撃墜という(ロシア敵視)報道だけが残されている。
 機関銃で撃ち落とされたと言うから残骸を細かく映せば、どういう撃墜のされ方をされたかは一目瞭然だが、そう言う映像は一切カットであることも思い出そう。
 日本で流される欧米メディアの報道だけで物事を判断しないことだ。紛争解決は国連(UN-連合国)の仕事だ。国民は、1万km近く離れた遠いところの状況に怒ったり嘆いたりすることはない。
  「人質」の1人の湯川某は一体何者なのか?だいたい会社名(PMC)だってプライベートミリタリーカンパニーの略でふざけている。名詞と会社名が一緒だ(この会社も胡散臭いし)。ネットで見ていると田母神などとツーショットを撮っているから、思想的には安倍らの倒錯右翼のラインに通じる人間で、戦争をビジネスにしようとした1人ではないのか。
 安倍がこういう連中の命は二の次で「テロに毅然として」立ち向う(見殺しにする)のか。
 いずれにしても氏素性の分からない青二才の行動とは別に、国民の命と国益を預かる政権は徳川(江戸時代)政権の外交を少し見習って、火中の栗を拾いに行ったり、対米追随で不必要な恨みを買わないことの方が賢明な世の中の渡り方であろう。決着の仕方によって安倍政権の馬脚が現れる可能性もある。
追加
 22日米国務省のサキ報道官は「身代金の支払いは国民を危険にさらし、米国の政策に反する」と改めて表明した。そのうえで「(日本政府に)我々の立場を非公式に伝達した」と説明した。
 23日(日本時間)宗主国がわざわざ記者発表までして安倍政権に身代金は払うなと命じた。これはどういう意図なのか?
 安倍がアメリカの意向に沿って動く総理であると言うことを明らかにすることなのか?生きて返されればアメリカの言うとおりにしなかったとなるが・・・。裏は那辺にあるのかだが、この様な命令を堂々明らかにされる従属関係になっていることだけは明らかだ。
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by ichiyanagi25 | 2015-01-22 12:57

沖縄独立論と民主党首選の見方

沖縄独立論と民主党首選の見方
 昨年11月に当選した翁長沖縄知事が上京しても安倍晋三首相以下閣僚や自民党幹部から会見を拒否されている。国の言うことを聞かぬからと沖縄振興予算や補助金もカットするのだろう。
 そして、昨年11月の知事選後に工事を止めていたのにもかかわらず15日辺野古の海上工事を強行再開した(沖縄タイムスより)。
 対米従属ぶりを露骨に示す安倍政権であるが、しかしこれが安保ムラの真実なのである。 
 さて自民党ら対米従属政党とは別に、昨年、沖縄では辺野古埋め立て新基地建設を争点とする4つの選挙があった。その選挙結果は以下の通りであった。
昨年の選挙による沖縄の民意
1,1月  名護市長選で稲嶺市長再選
2,9月  名護市議選で稲嶺支持派の市議過半数を制す勝利。
3,11月 知事選での翁長候補、仲井間現職に10万票の差をつけて圧勝。
4,12月 沖縄4小選挙区で辺野古埋め立て反対の各党候補が全員勝利。
 示された沖縄の民意はアメリカの為の辺野古を埋め立て新基地建設に反対なのである。 であるのに対米従属の安倍政権は辺野古埋め立てを強行しようとしている。そして自分たちの言うことを聞かない、知事には沖縄振興予算のカットもちらつかせて恫喝と懐柔を強めている。
 普天間移転を理由とする辺野古の新基地を軍事的に見れば、アメリカだって自分の金で作るなら止めるだろう。まず海兵隊のグアム移転の根拠は沖縄は中国と近すぎるから、短距離ミサイルで集中攻撃されない為にグアムに下げてもかまわないとの判断だった。
 元々海兵隊は外征部隊だから、戦争をしないと経済が持たないアメリカが「紛争地域」に介入する時はそれなりの準備期間がなければ部隊は動かせない。常駐部隊はグアムにいてアジア、中東地域に展開する時は佐世保から軍艦を呼んでいるうちに前進基地の沖縄に集結すればすむ話だ。
 中国は嘉手納空軍基地に向けて巡航ミサイル70発ほど標準を合わせていると、聞いた事がある。もちろん普天間基地にも当然標準をあわせているだろう。パトリオットでどれだけ迎撃できるか知らないが、一瞬にして嘉手納基地は使えなくなるだろう。
 まあ、米中衝突など戦勝国利害で一致する大国(常任理事国)同士においてあり得る話ではない。アメリカは尖閣を道具に2010年10月に前原国交相らを煽り、今は安倍を操作して小競り合いをさせても、本当の危機は作らせない。それが米中あうんの合意である。
従米政権下にいるよりも琉球独立を
 安倍総理は真に戦後レジームの見直しを言うなら、属国としても、これ以上沖縄での基地の提供は無理と、失脚させられても言うべきなのだ。 
 本当に抗うべきは中国でもなく韓国でもないのだ。B級ジャパンハンドラーズの言いなりにならないことだが、これをやれば必ず失脚させられる。しかし石橋湛山氏が言ったように次々と抵抗すれば属国状況の改善は行われる。そのために命をかける政治家が必要だ。またその周りを少なくと面従腹背で固めることだ。
 本当は野党がその役割せねばならないが自民、民主党に見るようにアメリカへの面従服従ばかりが目立っている。これも宗主国の分断統治術であり、そこで非米の結集が妨げられている。
 結論から言えば、ここまで沖縄県民の意志を踏みにじる日本政府は沖縄にとって百害あって一利なしだ。故に沖縄は日本の施政権下にいるメリットはない事になる。
 09年9月政権交代して普天間の代わりを「せめて県外」といった鳩山首相は9ヶ月後に失脚させられた。この国では政権交代のメリットは国民に及ばないのである。
 沖縄は日本施政下にいてメリットはないばかりか、県民の土地と民意は永久に踏みにじられる。琉球独立論を支持したい。
民主党首選の茶番とメディア報道
 民主党の党首選が行われている(18日投票)が、当然ながら国民の民主党を見る目は冷ややかなままだ。
 長妻氏が立候補して保守リベラルと社民主義者の代表が出ているようにも見えるが、この人も鳩山政権で厚労大臣になったけど官僚の抵抗に遭い、1年持たずに辞任となった本当のことを明らかにしない。政治家が真実を国民に言わないから益々官僚支配が強まるのだ。
 A級B級C級戦犯の党首選?
 3人共いずれも政権を担っていた3年間を「未熟であった」と総括しているが、何に対して未熟であったのか、なぜ鳩山政権崩壊後、官僚とアメリカの支配があからさまに強くなったのかを、丸で明らかにしていないし、メディアもそこをつかない(鳩山政権は基地問題と官僚シロアリ退治で潰された)。
 民主党を本当に立て直しするなら、そこを国民に明らかにして、反省し、過ちは繰り返さないからこうするという提案が丸でない。民主党の分断統治を排する為にも従米派と非従米に別れねば国民の為の野党にはなれない。
 更に言えば岡田が一番反省していない。それどころか、官僚に負けてアメリカの軍門に降ったことを国民に隠して、居直っている。そして何より鳩山政権の外相としてアメリカの為に政権を葬ったA級戦犯であることを忘れてはならない。
 こう言う輩は残地諜報者の1人として民主に残っているのだから、岡田は国民にとってまるで利益をもたらさない。管などと共に政治家を引退した方が良いだろう。
 細野も言動から見て次世代の官僚と米国への追従者になるのだろう。背が高く見た目はかっこいいが、こいつも信用できないと感じた。細野は11年の党首選で究極の裏切り者である野田総理誕生に力を貸しているからAに近いB級戦犯であろう。
 長妻も司法官僚が小沢追い落としの為に動いている時に、党人派として危機感を持たず、小沢批判をしていた1人であり、結果的に民主党をがたがたにした外堀組だ。また09年、時政権交代時の公約であった可視化制度などに協力しなかった。
 可視化の制度化をさせて、司法官僚によって政治家が葬られてはならない、との原理原則を貫かなった者は、いつか自分も痛い目に遭うだろう。
可視化法を潰した千葉景子法相
 政権交代後の千葉景子が法務大臣に就任したが見事に司法官僚に取り込まれ、小沢潰しのでっち上げ捜査を止めるどころか、それに協力して政権交代した成果を見事に潰した上に、可視化法をも葬り去った戦犯第1号はこのバカ女である。
 テレビ局を持っている大手5新聞(読売、産経、日経、朝日、毎日)は従米メディアであり、地上波と共に国民洗脳媒体であるから、民主政権の瓦解の本質(アメリカと官僚そしてメディアにやられた)は永久に報じない。
安倍自民と対峙すべき事
 争点はみな安保ムラに根源がある。今安倍政権との争点となる問題をあげると以下の通りだろう。
 TPP加盟問題
 原発再稼働
 辺野古埋め立て新基地建設
消費増税
 新自由主義に対する格差社会への対応
 要するに従米属国であるが故の問題が国民の暮らしと命を脅威にさらしているのだ。
 TPPに加盟すれば国民皆保険の医療制度が根幹から破壊されるし、農業もアメリカの思うつぼになる。米が狙う医療保険制度については昨年11月に売り出された堤未果著の『沈みゆく大国アメリカ』(集英社新書)が非常に詳しくレポートしている。1ヵ月で増刷されているから医療関係者などに読まれているのだろう、一読を薦めたい。
 また農業問題では佐賀県知事選で保守反乱で地元が勝利した。沖縄を始め従米でいると暮らしと命が危ない事の恐ろしさを知る県民は、地方から反攻ののろしをあげるしかない。お人好しはただ騙されるだけだ。
 福島原発事故からまもなく4年たつが、原発再稼働も蛸入道アーミテージが文書で求めている。御用メディアはこの蛸入道を支配者と言わず「知日家」と呼んでいる。
 4年前の福島原発事故の時、横須賀基地にいた米軍艦や軍人、軍属と家族らは一部は帰国し、多くは佐世などに「避難」した。米海軍が「避難」したという事実は、米海軍が軍艦用原子炉と違い福島原発が如何に危険な安物原発かが分かっていたからとしか思えない。 従米メディアはトモダチ作戦報道ばかりをして、アメリカ様に足を向けてはならない報道ばかりだったことを思いだそう。原発ムラより凄いのが安保ムラなのである。
消費増税は官僚に甘い汁を吸い続けさせることとアメリカに上納分を国民から巻き上げる構図だ。
 格差社会は竹中平蔵がでかい顔して振る舞っていることで以下の構図が分かる。派遣会社の会長をしている竹中を国際金融資本(本当のグローバリスト)は日本に指図する為においている、地獄の代理人である(白洲次郎みたいな男)。
要するに民主党は従米派と決別しない限り野党の中核にはなり得ない。
 いずれにしても
 TPP加盟問題
 原発再稼働
 辺野古埋め立て新基地建設
  消費増税
 新自由主義に対する格差社会への対応
 の5大項目で安倍と対峙する党首と政党にならねば野党としての価値はないのである。
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by ichiyanagi25 | 2015-01-17 15:58

吉田市長に抗議した件の詳細

吉田市長に抗議した件の詳細
 吉田市長の市長職としてあるまじき市民団体との面会拒否について、昨(15)日記者会見して市長に抗議する旨を伝えたところ神奈川新聞などに掲載された。
同紙に秘書課(長?)のコメントして「市長日程の都合であり、面会拒否ではない」とのコメントが載っていたが、これは事実と異なるので、その経過をここに明らかにすると共に、同時に昨日午後4時10分に秘書課長に渡した市長への抗議文を転載します。
会見申し入れの経過
 昨年12月4日に市議会に於いて製鉄所開設150年事業の象徴事業としてティボディエ邸の再建を求める決議が採択された。
 それを受けて「市民の会」は市長に議会決議を尊重して再建に向けて動き出すのか直接確認したく、私が仲介役として秘書課に予算査定前の1月中旬、市長に面会したいと、日程は3日間を提示して、いずれかの日で調整して欲しいと申し入れた(12月の第2週に電話で伝えた)。
 1週間ほどたって秘書課長が副市長対応でどうかと電話をしてきたので、「我々はお願いに行くのではなく、市長の意志を確認したいので副市長では駄目だ。3日間を提示しているんだから市長の都合はつくはずだ、もしその3日間の市長の動向欄を見て他の市民や市民団体と会っていたら抗議するからそのつもりで」と言うと、秘書課長は再度調整しますからお時間を下さいとのこと。
 そして次の電話ではどうしても市長は・・・と言うので、「会いたくなないんだろ、会いたくなければそれでいい、あわない理由を文書で欲しい」。と言うとまた調整しますという。
 この繰り返しで「市長は会いたくないんだろ」と言うと課長は「申し訳ありません」と言うばかり。年明けの行政センターでの賀詞交換会の時も課長が駆け寄ってきて「申し訳ありません」と言うから、市長の問題であんたが申し訳なく思う必要はないよと言っておいた。
 年末の御用納めぎりぎりになって日時だけは決めたいと言うから、会の事務局へ連絡し会員多くが参加できる日時(1/14の4:30PM)を決めた。その際も「市長は出るのかい」と聞くと課長は口ごもり副市長と上条部長がというので、市長は会わないんだなと言っておいたが、会としては会長及び役員がとにかく行ってもし市長が出てこなければ抗議することを決めて行ったと言うのが本当の経過である。
姑息な市長対応と秘書課の体質 
 14日は秘書課に行くと副市長室に通されたから、休みを取ってまで参加した会員達は怒った。沼田副市長に市長から伝言はあるのかと聞いたら、何もないという。私が横山市長時代から歴代市長にアポを取って面会をしているが、こういうことはなかったと言うと、沼田氏は「私も秘書課にいましたから、それはそうです」と認めていた。
 しかしいざ新聞の取材があると「嘘」のコメントを述べる。全く許しがたい。
 また秘書課としてこの日を設定したとのコメントがあるが、吉田市長は自分で責任を取らずこう言うコメントを出させる。2年半前の水ビジネス会社の設立問題で上下水道局長に責任をかぶせて辞職に追い込んだと同じやり方だ。秘書課長は市長批判が起きれば、責任転嫁されることを肝に銘じておいた方が良いだろう。
 とにかく政治家として腹の据わっていない市長に呆れる。新年の挨拶を聞いても軽くて危機感などまるでないからっぽさである。横須賀市の人口減少(特に社会減)はこのいい加減な若い市長に期待できないと感じての、市民の逃散行為と言えるのではないかと思う。 注 逃散とは- 近世、農民が領主の誅求に対する反抗手段として他領に逃亡すること。 広辞苑第五版より
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           1月16日(金)神奈川新聞横須賀版

当会との面談拒否に対する抗議文
 横須賀市長 吉田雄人殿
前略
 私達は2012年、第4回定例会に我が国最古の木骨レンガ造りで横須賀製鉄所の副首長であったティボディエ邸の再建を求める請願を市議会に提出し、全会一致をもって採択されました。
 しかし貴職はそれから2年「軍港資料館の全体像が見えないうちは再建はしない」との摩訶不思議な理屈をつけ、市民の願意と議会の議決を無視して再建時期を明言せず、先送りしてきたことは、市長職として誠に遺憾な対応といわざるをえません。
 そこで私達は先月の12月議会にティボディエ邸再建を製鉄所開設150年事業の象徴事業として実施するよう議会は決議されたいとの請願を出し、市議会は31対9の圧倒的多数で請願を採択し、同時に市長に建設を促す決議文を採択しました。
 本市は03年にペリー来航150年記念事業を、07年には施政誕生100年事業を行っていますが、お祭り騒ぎ的な一過性イベントが多く、当時の歴史検証などをまじめな取り組みに欠けており、今何も残っていないことから、今回の製鉄所開設150年記念事業では、その象徴としてベルニー公園内にティボディエ邸再建をするように求めた次第です。
 昨年12月4日の議会での議決を受けて、私たちは貴職に対し議会決議を尊重されるのか直接確認したく、一月以上前から日程も数日提示して直接の話し合いを求めてきましたが、貴職は私たちの要望を無視し、問答無用の形で会見を拒否されました。
 私たちは貴職が再建時期について異なる見解をお持ちなら、それを直接お聞きしたくもありましたが、会見すら拒否する態度は市長職にある者として全く持って理不尽きわまりない事であります。
 また、今回の貴職の態度は会見する市民(団体)の恣意的選別、差別を平然と行う無礼きわまりない対応であり、主権者市民として看過できません。
 私たちはティボディエ邸再建を願う市民を代表し、ここに貴職に対して断固抗議し、併せて市民対応への猛省を促すものです。  以上
                 2015年1月15日
                 横須賀に軍港資料館を作る市民の会
                 会長 山本詔一(請願提出者代表として)
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by ichiyanagi25 | 2015-01-16 10:29

軍港開設150年は国家の独立を見るがキーワード

軍港開設150年は国家の独立を見るがキーワード
 年が明けましたが、従米構造の安倍政権の下で今年はどんな災いが国民に降りかかるのかと心配の方が先に立ちます。今年は敗戦70年目と横須賀軍港開港150年記念の節目の年です。今年初のブログは米海軍基地のある横須賀と独立を守る事について、横須賀とゆかりのある出来事を通して書いてみます。
 150年前なぜ幕府は横須賀に軍港と軍艦を作る為の造船所を開いたのか?です。 横須賀市はこの本質について研究する気がありません。政治を志す者なら、外交と防衛の視点で評価をする必要があるでしょう。
 軍港造りはそれまでの台場防備のみだった国防政策を転換して近代海軍を持たねば日本の独立は守られない(植民地にされる)として、鍬入れしてから150年目の節目に当たるわけです。
何に注目すべきか
 15世紀から大航海時代(帝国主義の始まり)が始まり、中南米、アフリカアジアに欧州各国は植民地を築いていく時代、幕府や明治政府の外交、防衛政策はどうだったかここ数年多くの文献を読み、講演会を聞きに出かけた。そこで徳川幕府の外交政策を評価すべきと感じた。今回は先ず日本が植民地化されない為の題材で徳川家康の政策決定に大きな影響を与えてウイリアム・アダムスについて、今まで触れられていない肝心な事に気がつくべきであると思う。
 何よりこれまでに足りないものは当時の覇権国と世界支配情勢及び宗教支配(カソリックとプロテスタント)を視野に入れ評価していないと言うことだ。
 まず15世紀末から始まる「大航海時代」の本質とはである。支配国の新大陸「発見」は、漁師が魚を捕るのと同じで、私が最初に「発見」したのだから私の物として取って良いとの論理で、植民地獲得の為の探検航海をカムフラージュする勝者の表現が「大航海」時代なのである。世界史で簡単に「大航海時代」と習うが文科省教育は欧州列強による大侵略のことと明確に教えない。
 コロンブスが新大陸発見に出かけたのは当時ヨーロッパを支配していたスペイン、ポルトガルの国王とカソリック勢力がイスラム教徒をイベリア半島から駆逐した後に行われ出す。
 15世紀の終わりのコロンブスの初航海を皮切りにハプスブルク家が支配するスペインは、中米カリブ諸国から南米を植民地にしてまさに帝国化し世界を支配する。これまでの航海を通じて地球が丸いことが分かってきたが、インド(物凄い広い範囲でインドと呼ばれていた)にはどう行けば良いか分からず、コロンブスはとりあえず西に向かっていけばインドに着くだろうと航海に出かけアメリカ大陸を「発見」し故に原住民をインディアンと呼んだ。だが欧州の「征服者達」が極東の日本に行き着くのはこれから2,30年を要する。
貿易が富を増やす交易の意味
 種子島への鉄砲伝来は1543年の9月の出来事であるが、種子島西之浦湾に漂着した中国船に同乗していたポルトガル人の2人が鉄砲を所持しており、とこれまでの通説は漂着説だが、これも倭寇が手引きして火器を日本に持ち込んだのが本当らしい。
 偶然の産物ではなく「貿易」の結果であるということだ。倭寇と言う日本の海賊(私貿易)も貿易による大きな利益があるから生まれ何世紀もつづいた訳だ。
 さてこのイベリア半島2ヶ国の支配に宗教改革を伴って対抗していくのが後発のオランダとイギリスであり、アルマダの海戦でスペイン艦隊を破った英欄連合軍はこの後、17世紀からアフリカ、アジアを植民地化する(その後対立もする)。だから日本に来たアダムスは自由「国家」オランダにいてスペインに対する独立戦争に加わり、アルマダの海戦にも英国軍艦に乗り込んで戦っている事を知っておく必要がある。
 コロンブス航海の6年後(1498)に、コロンブスのように西に向かわず南に下り、アフリカ大陸西南端の喜望峰(インド航路の希望という意味)周りでインドにたどり着いたのがヴァスコダ・ガマである。1519年にはマゼラン船隊により3年がかりの世界一周航海が行われ、地球球体説が実証されると共に、航路発見と航海術の確立と共に植民地支配はアジア・アフリカ大陸に及ぶことになる。
 1529年にスペイン、ポルトガル両国はサラゴサ条約を結びアジア太平洋域を分割すべく境界線を勝手に引いた。いわゆる「太陽の沈まぬ帝国」の時代である。これでブラジルを除く南米はスペインの所有、フィリピンを除くアジアはポルトガル所有となった。
英欄の勃興と反カソリックの戦い
 この様なイベリア半島の2大帝国が世界を支配したが、欧州の多くも支配下に置いていた。カソリックの専横に対してキリスト教内でプロテスタントが生まれるが同時進行的に、自由貿易を求める勢力はベネルクス地方に集まりスペイン支配を脱する為に1568年から独立戦争を始める(80年戦争)。この後にオランダは独立国として成立し後に王政を取る。 
 アダムスがアルマダの戦いの後にオランダに戻り、航路開拓の為の船団に加わるのは独立戦争のさなか支配者の2国に妨害(掠奪)されない、新たな航路を探し出す必要に迫られていたからである。
 アダムスの青年期のオランダ(まだ戦争中で国として独立はしていないが)はカソリック勢力とスペイン、フェリペ国王の支配から脱しようとしており、押しつけ宗教と王制支配のアンチテーゼで理性とか新たな哲学や近代(モダン)思想を許容する自由都市であり、多くの啓蒙主義者や商人が集まってきた(その結果秘密結社も出来る)。
 その自由都市を保障したのが毛織物貿易など交易による富であり、17世紀のオランダではエビ蟹も庶民が日常的にレストランで食せる豊かさであったという。
 だから貿易拡大と植民地の獲得の為に、英欄は航路開発の為いくつかの遠征隊が組織される。北方ルート(北極海経由など)でのアジア行きや、荒れる海で有名なマゼラン海峡を超えるルートなどが探索される。船乗りは命がけだが成功すれば大きな対価があったわけだ(これはカソリック勢力でも同じ)。
アダムス日本へ向かう
 さてそこで ようやくW・アダムスである。アダムスは遠征隊の一つであるマフー遠征隊の5隻のうちのホープ(希望)号に乗り組み1598年6月にロッテルダム港を出港する。マフー船隊の目的は毛織物が売れる寒い地方のアジア及び日本への航路開発である。 
 しかしこの遠征隊は出発当初から気象(風)に恵まれず、赤道付近の熱帯地域で何十日も停滞し、食糧不足となる。南米はスペインの植民地であるから入港しての食料調達もおぼつかず、強行入港して小競り合いも発生し何人かが戦死している。
 また南米海域での停滞は暑さと食糧不足で各船では病気も発生し出港3ヶ月目でマフー司令官が病死してしまう。そこでコルデス副司令が司令に昇格し航海を続けるが、この時点でアダムスはホープ(希望)号からリーデフ(愛)号に乗りかえる。
 出航後10ヶ月にようやくマゼラン海峡に至るが、なにしおう荒れる海域で時化と寒さで隊列が組めず各船はばらばらとなってようやく太平洋に抜けるが、5隻中太平洋に出て会合できたのはリーデフとホープの2隻だけだった。
 相当疲労困憊の体であるが「太平洋に出たからは」と2隻は協議をして日本を目指すことに決めた。平戸に着いた時立って歩ける者は5,6人だったので難破船のように言われるが、漂着ではなく、ヨタヨタでも航海してきたのである(なお他の4隻であるがホープ号は遭難。後の3隻は引き返したりインドネシアやペルーに着いたりで船員も捕虜になったり処刑されたり様々な目に遭っている)。
スペインはイエズス会を先導させ植民地支配する
 さてここからが家康(まだ関ヶ原以前)がアダムスを評価して厚遇し、逸見に領地を与えたのか、本当の理由を書きたい。
 結論から言えばスペインは、イエズス会を通じてカソリックの布教を先駆けとして行い信者を増やし、地方の豪族(日本では大名)を取り込んで耶蘇に改宗させ、キリシタン大名が過半を超えたところでスペインとバチカンに帰依する国家(植民地)にするのである。
 この情報は秀吉時代から寄せられていたので、修道士達に日本から去るように幾ら言っても、鉄の組織イエズス会は聞かないので、秀吉も徳川も大量処刑に至るのである。
 イエズス会のことも少し書いておこう。
 イエズス会は1534年8月にパリ大学の学友だったスペインとポルトガルの6名の同志(カソリック、日本ではザビエルが有名)がパリ郊外のモンマルトルの丘にあるサン・ドニ聖堂に集まり、生涯を神にささげる誓いを立てた事に始まる。
 イエズス会は軍隊的布教活動団体で清貧・貞潔の誓いとともに「エルサレムへの巡礼と同地での奉仕と教皇の望むところへどこでもゆく」という誓いを立てた。が裏には貿易による利益とキリスト教化による支配が目的である。当時世界を支配していた「日の沈まぬ帝国」のスペイン、ポルトガル2国の修道士で結成されている事から読み取れる。
家康の外交センスとアダムスの重用
 アダムスはグレゴリオ暦の1600年4月に豊後の国、臼杵にたどり着く。出港時110名いた船員は臼杵到着時24人に減っており、さらに6人が回復せずに死んだとアダムス自身が記している。
 この時期は徳川が豊臣を倒す関ヶ原の戦いの半年前なので、豊臣秀頼は五大老首座の徳川家康にリーデフ号の尋問を指示する。
 家康はリーデフ号を堺に回航させ、重症で動けぬ船長クワッケルナックに代わりアダムスとヤン・ヨーステン、サントフォールトらを大阪に連れ40日に及ぶ尋問、聞き取りをした。
 この当時はイエズス会らカソリック(バチカン)勢力はカソリック教会の組織を建て直してプロテスタントの教勢力拡大を食い止めようとした時期と重なる。だから当時日本にいたイエズス会宣教師達はプロテスタントであり宗主国スペインに反抗するオランダ船の到着に神経をとがらせた。
 イエズス会宣教師らはリーデフ号乗組員は海賊であり、何より異端者であるからとの理由で家康にしきりに処刑を求めた事は広く知られているが、背景はそう言う重大な事だったのである(この事を誰に遠慮しているのか殆ど語られていない)。
 家康はイエズス会よりアダムスの言っていることの方がどうやら本当で、彼らはキリシタンでも宗教の押しつけはしないし、交易だけが目的でありスペインのように植民地化が目的でもないとの説明に理解を示す。
 家康は船員達の評価もしており、ヤン・ヨーステンは貿易商売に関心があると見ている(ヤン・ヨーステンは家康と秀忠から朱印状を貰いこの後、日本を根拠地に貿易事業を活発に行っており1623年に東シナ海で遭難して死亡している)。
 だからアダムスの人柄を信用し貴重な情報を得られる男として外交顧問に任じる。家康はアダムスを非常に評価し、側に置く事を決めたから帰国は許可せず、慰留の意味もあってアダムスを250石取りの旗本に取り立て、帯刀を許したほか相模国逸見に采地も与え、乗組員の中で破格の厚遇をした。当時の世界支配構造の情報を得て植民地化されない政策を選んだ。ここを評価することが一番肝心であろう。
 同じく船員のサンフォールトについては記録があまりないが日本語習得が早かったらしく通訳としてアダムスと共に行動することが多かったようだ。
 家康は貿易による巨大な利益は捨てがたいがイエズス会の支配を排し植民地にされない為に、南蛮貿易はオランダだけを選択する。なお家康は江戸幕府確立後は秀吉の唐入り(朝鮮征伐-文禄・慶長の役)の修復の為、明と国交回復した事も評価すべきだろう。明の属国である朝鮮とも外交関係を改善し江戸時代、朝鮮通信使を受け入れている。
 ここで取り上げた3名以外の生き残り船員11名も日本人妻を娶り、日本で生涯を終えた者が多いのは、独立戦争をしている本国に帰るより、厚遇してくれる日本を選んだ故と思われる。
2代以降の将軍と乗組員達
 なお鎖国という表現は幕末期「開国」に際し使用されだしたのであり、幕府自体は鎖国令などとの命令も、鎖国という表現もしていない(記録にない)。
 アダムスの晩年だが外交センスが家康とは大違いの秀忠に疎んじられ、オランダ商館のある長崎平戸に送られ1620年、失意のうちに55才でなくなっている。
 アダムスの死後キリシタン禁止と貿易統制は徹底化されていく。目的は何より宗教や交易を口実にする植民地化を警戒してのことで三代将軍家光の寛永期に入って急速に進められた。1623年にはイギリスとの通商を断絶。翌年にはスペインとの通交を閉ざした。1635年には日本人の海外渡航と在外日本人の帰国が全面的に禁止された。
 36年に長崎に出島を作り、そこへカソリックのポルトガル人を封殺し、中国船との貿易も長崎港のみに制限した。1637年に島原の乱が起きると家光はカソリック、プロテスタント共にキリスト教の完全追放を決める。
 この結果、対外貿易はオランダと中国だけに限られるようになった(薩摩、対馬などは琉球、朝鮮と密交易をする-幕末期倒幕派で力のある藩は密貿易で財を築いた)。
 島原の乱後、家光は檀家制度を全国に徹底させ、戸籍管理を行い仏教16宗派以外(特に耶蘇教)は邪宗として弾圧した。同時にリーデフ号の生き残り船員と、その妻、子供全てを国外退去とした。 
 一番長く(約40年)日本に滞在したサンフォールトの妻と子供も1639年10月にオランダ船にて国外退去となっている。バタビアに移住したサンフォールトはその2年後の1641年に死去している。なお幕府は貿易だけでなく西洋情勢についてはオランダから適宜情報を得ている。幕末ペリーが日本に来ることも事前に情報を得ている。
 アダムスが船を作っただとか、葡萄酒を作ったなどと枝葉のことばかり語られているが、植民地にされない為の情報を与えたアダムスと彼を信用して外交顧問として重用し、植民地化を防いだ家康の外交センスを評価すべきだろう。これは幕末の小栗ら幕府の外交センスとも共通すると思っている。
 敗戦から70年、アメリカに従うだけの日本は本当の自主外交とはどういうもか、忘れさせられているようだ。
  つづく。
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by ichiyanagi25 | 2015-01-07 12:13