市長、署名に「言いがかり」?

 吉田議員の質問に「美術館見直し署名は100人分の同じ筆跡のものがあり実質署名は4万7千人程度だ」などと言いがかりを付けていました。100名近くの同一筆跡署名は藤野君宛に来たもので16日の本会議で彼が、なぜそうなったか反論するそうです。
 私のところに届いた署名でも夫婦や家族単位では同一筆跡はありました。署名の時「リコール請求署名ではないから厳格にと言わないが、出きるだけ本人が書いて」と頼みましたが、夫婦あるいは家族で話ながら「解かったじゃあ、お前書いとけよ」なんて事は当たり前にあるでしょう。
 圧倒的権力を持つ首長が「美術館イカサマ署名」なんてネガティブキャンペーン張るようなことは、まさかないでしょうが、「与党議員」でそう触れ回りたい人はいそうです。でもそんなことすれば墓穴を掘ることになるでしょう。「見直し」ではなく現計画「絶対反対」の方が多くなっていて私自身逆に発破をかけられていますからネガキャンやれば市民の怒りは更に燃え広がるでしょう。
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# by ichiyanagi25 | 2003-09-15 00:02

議運で交渉四会派一般質問に制限へ

 今議会では横須賀市議会で始まって以来の出来事がおきました。議員45人の3分の一以上(16人)が一般質問に建つことになったのです。委員会中心主義の横須賀市議会ですが、逆に言えばこれまで一般質問、質疑、討論が極端に少ない事が指摘されていました。昨年までの議事録を見て貰えば、本会議で発言する議員としない議員が明確に分かれる事に気付かれるでしょう。 今回の選挙結果、生きのいい新人が複数現れ、既成会派に縛られたくない議員が増えたため質問者が増加したのですが、今議会、既成会派(公明党)から見計らったように発言のルール化が提案されました。横須賀市議会はこれまで本会議での発言時間無制限が特徴でした。多分与党4派は無所属(8議員)対策で制限を引っ張り出したのでしょう。議運で共産党は規制に反対したが2人でオブザーバー委員ですから限界があります(※交渉会派は3名以上の会派で今は新政会、研政21、自民党、公明党の順)。
 なお今回の選挙により議会の露出度は格段に高まりましたので皆さんこの提案がどうなるか議会の動きをチエックしてください。
 しかし昔の社会党系議員は質問制限に絶対反対してきたのに今回研政21は制限の方向にのったようです。 美術館問題だって一昔前なら社会、共産が運動を引っ張り、地区労系労働団体もそれに共闘との構図になったでしょう。(社民系は3年前に一度美術館関連予算に反対しましたが)。しかし今回これだけの市民意見があるのに現計画建設促進に軸足を移しましました。研政21の佐久間さんは12日の本会議で美術館建設擁護論を展開し、市長は嬉しそうに持論を展開し「そうだ、よし」なんてかけ声が同会派から飛んでました。
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# by ichiyanagi25 | 2003-09-15 00:01

保「革」攻守様変わり

 1980年代までの地区労や市職労など社会党系団体は住民運動にも積極的に取り組んでいました。
 私が1期目社会党公認で出馬できたのは、まさに地区労や市職労との住民運動のご縁によるものでした。
 また私が社会党議員として当選してから提案し実行したことに「市民公聴会」があります。市長に会派として予算要望をするとき公聴会を開き、市民意見を取り入れ要望書を作っていました。研政21に合流して終わりになりましたが今年開けば参加者も多く美術館について多いに盛りあがったでしょう。 しかし横須賀も変わりました。今回美術館見直し署名を担った市民団体は保守系の人たちです。共産党も署名活動に市議2名は加わったものの目立った動きはなく署名も極少数でした。55年体制の完全終焉で民意を汲む勢力も変わりました。この様変り(有権者の求め)を2年後の市長選と4年後の市議選に結びつけたいものです。
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# by ichiyanagi25 | 2003-09-15 00:00

本日市長に美術館署名を手渡しました

 昨日集計の結果合計55,116人の方の署名が集まりました。
 段ボール2箱に入れ会見場所の貴賓室に運びましたが、箱を持ち上げたとき民意の重さを十分に感じました。
 因みに私のところに8日までに集まった署名は8521名でした。有り難うございました。(なお私あて郵送で送られてきた方や賛同者に名を連ねて頂いた方にはハガキにて別途報告いたします)。
 先週署名を市長に手渡したいと秘書課に連絡したところ最初は市長公務多忙で森田副市長が受け取ることになっていましたが、その晩秘書から電話があり「会議中だが市長が抜けて受け取るので9日午後2時にしてほしい」と連絡があり市長に手渡すことが出来ました。
 今日は署名をした議員9名中の6議員(一柳、吉田、藤野、原島、ねぎし、井坂-敬称略)と民意が市政に生かされることを願う会の方々10名が一緒にとどけました。招かれざる客であるだけに会見時間は5分ほどと言われましたが10分ほどの会見となりました。議員は発言の機会があるので、願う会の代表が声明を読み上げ市民の声を市長に伝えました。
 市長は「意見の多様な時代だから様々な意見がある、今議会でまた質問も出るだろうからその場で意見を述べたい」と余り元気のない様子で述べましたが、不退転の決意で作るであろう事はヒシヒシと感じられました。
 なお神奈川新聞などマスコミ数社が取材に来ていましたから明10日の新聞を楽しみにしていてください。また9日午後6時5分TVKニュースでこの時の様子が放映されました。
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# by ichiyanagi25 | 2003-09-09 00:00

2003寒い夏と濁った海 対策1

 
 夏は終わりました。2003年の夏は1993年以来長雨大雨に祟られた10年ぶりの冷夏でした。
 1993年の前にあった冷たい夏は、確か1980年だったと思います。80年の夏は関東地方のみが寒く、当時横山市長が画策していた猿島レジャ-ランド大埋め立て構想に反対していろいろな企画を立てましたが随分雨に泣かされた覚えがあります。 
 夏くらい綺麗な海で泳がせて
 冷夏の思いではさておいて、今年海水浴に行って気持ちよく泳げましたか?
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長期大雨で生下水が大量に東京湾へ流れ込んだため長期赤潮状態になった。
場所は猿島海水浴場、これでは気持ちよく泳げない。人影もまばらだ。

 いつも海が濁っていませんでしたか。東京湾だけでなく相模湾も濁っていました。真っ茶色で10cmも見えないと言
うヒドイ赤潮はなかったが、いつも緑色か茶色っぽく、お腹まで海につかって自分の足を見てもハッキリ見えないと言う日が続きました。 この濁りは長雨そして台風の大雨によるもので合流下水道故の雨天時未処理下水が大量に海に流れ込んだからに間違いありません。相模湾でも河川からの汚れた雨水が大量に流入し富栄養化させたそして相模湾でも下水道が相当影響していると思わざるを得ません。それ以外は汚染源は考えられません。
 横須賀市は「国際海の手文化都市」を標榜し「環境行動自治体」とも言っています。しかしこんなに海が濁っていても何も発言しませんし合流改善も一言で言えば国任せです。再三の私の要望にも市長はとんちんかんでつれない答弁を繰り返していました。
 日本に冠たるITの横須賀ですが海の情報は市のHPに何の書き込みもありません、魚一匹の写真すらなくサンゴの情報もなし、更に艦船や漁業も含め海事情報は何も掲載されていません。
 「国際海の手文化都市」と宣うけれど市長のイメージする「海の手文化」は、海を背にして絵を見たり、音楽を聴く事なのではないか、海は単に景観、眺望の素材でしかないのでしょうか?
 横須賀は 東京湾と相模湾を持ちます。東京湾西側は 東京を含め横浜川崎、本市と大都市が連なりますが、東京、横浜、川崎など海に触れあえるところは殆どありません。横浜なんて普通の市民が立ち入れるのは山下公園と野島界隈だけです。川崎などは臨海部は殆ど工場地帯の灰色イメージです。それにひきかえ横須賀の海は自然が良く残っています。生物も多様です。ならば景観としてだけでなく海に触れることが大事。触れることを具体的に考えると泳ぐ、潜る、生き物を見る、釣りをする、美味しい魚介味を楽しむことがあります。
 そこでどうすれば海を綺麗に出きるのかをもっと真剣に考える必要があります。先ず夏綺麗な海を実現する為に、合流下水道の改善が求められます。国も10年以内に取り組むよう各自治体に求めています。
 横須賀市の34万人分が合流(雨天時たれ流し)で改善には400億円が必要とこの夏からようやく議員に説明し出しました。400億円で美術館10館分のお金が必要です。一度汚した海を綺麗にするには横須賀だけでもこれだけかかります。
 早くこの数字を明らかにすべきです。そして海を綺麗にする為の「海の手文化性」を発揮すべきと思うのです。9月議会でこの点を問いたいと思います。関連して問いたいところがありますがそれは次回に譲ります。
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# by ichiyanagi25 | 2003-09-05 00:00