戦艦陸奥の主砲を置く横須賀

戦艦陸奥の主砲を置く横須賀

 先週の東京新聞神奈川版には戦艦陸奥の主砲を横須賀に展示したことに触れ、その解説版には旧海軍や先の大戦について陸奥の役割に、歴史の陰や負のことが何も書かれていない記事内容であった。
 記事の批判部分には反基地運動を半世紀近くに亘り(定例デモは45年以上実施)行っているしている新倉氏の言を引用していた。
 横須賀市も市内のおもだった歴史研究会(同好会的なものが多い)も、また歴史ガイドも昭和史と特に対米戦について研究と言及を忌避しているのが、横須賀の限界を示す特長である。
自虐史用語に疑問を持たない官民
 大きな団体に「開国史」研究会とかがある。このネーミング、そして「開国の街」という横須賀市を含めて私から言わせれば、自虐史観そのものだ。
 要するにペリー(アメリカ)様に頑迷な徳川幕府を「開国」して貰ったとの刷り込みだ。明治クーデター政府以降、現政権もその末裔だから戦前戦後150年に亘って騙し続けて「幕府が悪かったから倒幕した」との改変史観を流布している。
 この史観を横須賀市も多くの歴愛好家も多分無自覚に追認して、開国と称しているのだろう。
 更にこの歴史観が対米従属の現状にも何ら疑問にも思わずノーテンキに歴史を知ったつもりになり、明治政府が作った帝国海軍やその用兵思想に基づいて作られた軍艦にも「日本は凄い」との評価が基準である。
 そして今の米海軍基地(軍事占領の継続)となるきっかけ、対米戦争に触れると、独立しているかとの根幹問題や旧海軍の問題が噴出してくるから、感覚的にそこは触れないでおこうとなる(そう言う潜在意識は濃厚にある)。
 もう少し具体的にこの「忌避の内心」を指摘しよう。
 軍港開設150周年を前にした時、一般質問で教育長に明治政府に引き継いだときの横須賀製鉄所の日本側責任者は誰かと問うたところ彼は「ベルニーだ」と答えた。
 それは幕府から頼まれたたのがフランスだから技術者の責任者としてベルニーを送り込んだのであって、発注側の日本の責任者のことを聞いていると、再質問するとまったく答弁に窮して「そう言う視点から見たことがなく、不勉強で存じません」となった。
 私は明治政府の初代責任者は長州5の山尾庸藏ではないかと言ったが、副島さんによると土佐の後藤象二郎だとのことだった。横須賀軍港と製鉄所が鎮守府と工廠になってからは歴代鎮守府長官や工廠長の名は記録に残っているが、明治10年以前の記録はこう言う資料にも乏しいし、軍港は幕府が発注し明治政府が引きついだの認識が薄い。
 国防のために軍港を作ったのであるが、ベルニーだのディボディエだのと仏技術者の事ばかり語っているから主体は日本である事が忘れられて居る。
 仏技術者が帰国させられる明治10年以降、明治クーデター政府の後ろ盾になっている英国の影響が俄然強まることも余り明らかにされていない。こう見ると横須賀の官民は幹を見ないで枝葉と技術礼賛の歴史ばかり「研究」しているとの批判も成り立つ。
4~6号ドックの案内がない理由
 米海軍の「好意」で年数回基地に入りガイド付きで見学できる機会がありガイドが案内するのだが、この人達の解説が先ず全員が幕末から日露戦争で終わりである。だからドックの案内は仏技術者が関与した1~3号ドックの案内しかしない。
 日露戦争が終わり日英同盟も解消された以降のアジアの覇者を目論む帝国海軍の現代史を見ないのである。だから超弩級戦艦以降のための4,5号ドック、そして大和型戦艦(3番艦信濃)を建造・修理するために作られた巨大な6号ドックも案内しない。
 なんで4号ドック以降を案内しないのかと聞いた事があるが「えっ見せて貰えるんですか」だった。要するに4~6号ドックは米海軍が日常的に使用しているから見せて貰えないと思い込んでいる。従属と自己規制の精神構造であるが市も基本的に同様だ。
 因みに私は現職議員中3,4回議員として基地内に個人的な意向(市を介して)で入ったが4号~6号ドックを見せてと言って断られた事は一度もない。 
 6号ドックに行く途中には空母が接岸する小海岸壁(米海軍下においては12号バースという)を通るから空母も或いは戦略原潜改造型の特殊任務原潜も接岸していれば見ることが出来る。このバースに特殊部隊シールズを送り込む潜航艇のカプセル(異様な形状)を積だ大型原潜が接岸していてもガイド達は先ず解説できない。
 要するに横須賀基地の役割何かや、何故アメリカはこの横須賀基地を絶対手放さないかとか戦略的歴史観がないというのが横須賀の官民挙げての歴史観なのである。
陸奥の主砲を展示する意義は?
 さて陸奥の主砲だが、東京の台場近くにある笹川財団の海の科学館が維持に困ったものを持ってきたわけだが、移設主体団体が帝国海軍を批判的に見ているわけではないので、当然解説パネルには、日本海軍の謬りなど触れるわけはないのである。
 またこの主砲は呉の大和ミュージアム前の道路沿いにも置いてあるがしげしげ見ている人は少ない。砲身一本見てもそこから、砲塔や超弩級戦艦をイメージすることは難しいからハッキリ言って感動はしない。今から40数年前に陸奥の引き上げ作業が行われ主砲や副砲などが国内各地の資料館や靖国神社に引き取られた(引取先は米諜報機関の運営サイト、ウキペディアで検索できる)。
 引き上げから半世紀近く、人気のない施設では砲身だけの展示はハッキリ言って、がらくたみたいな物である。陸奥主砲の解説は批判を含んで行うのが森友学園的な歴史観にならずに良いと認識すべきだろう。
 そこで戦艦陸奥に絡んでの海軍の顛末について私自身が纏めた記事があるので掲載する。1本の戦艦主砲から何を学ぶかの参考にして欲しい。
 なおこれは3年前の2014年3月にある会報誌のコラムに寄稿した物である。
横須賀工廠で建造した軍艦と太平洋戦争
第4回 戦艦陸奥
 ちょうど百年前の大正3年、第一次大戦(1914~18)が勃発した。当時金剛型4隻中2隻が艤装中、扶桑級2隻が建造中で、扶桑の改良伊勢型2隻(以上は八八艦隊の補助)は翌年建造、更に次の長門型2隻の建造を予定していた。
 1916年5月に大戦中最大のジュトランド沖海戦が起き、英独あわせ60隻が海戦に参加し、英の巡洋戦艦3隻が砲塔、弾薬庫に被弾し撃沈された。この戦訓により各国は戦艦の砲塔と弾薬庫防御を根本的に改めた戦艦作りに着手し、これをポストジュトランド型と称した。当時海軍は八八艦隊(戦艦8巡洋戦艦8)の大艦隊計画を夢想し長門、陸奥はその1,2番艦であった。この大艦隊計画は建造中に毎年国家予算の3割を要し、維持には更に多額の国費を必要としたから陸軍との軋轢を招き、何より民生を圧迫するものであった。
 長門型の2番艦は陸奥(東北地方東側の旧国名)と命名され1918(大正7)年7月横須賀工廠で起工された。主砲は超弩級の16インチ砲(40サンチ砲と称す)4基8門であったが建造中に大戦は終了した。
 陸奥建造3年目の1921年に第1次大戦で疲弊した欧州列強から軍拡競争をやめようと提起がなされた。米大統領ハーディングは、これを受け英米日仏伊の戦勝5カ国でワシントンにおいて主力艦削減の軍縮会議を開き、結果日本は対米6割に抑えられた。 
 この時5カ国で保持を認められる戦艦は既成の艦に限られたが陸奥は艤装終盤だった。そこで海軍は一計を案じ未完のまま本工廠から海軍(佐世保鎮守府所属)に引き渡し保持を認めさせた。
 政治的にはワシントン軍縮条約を巡り海軍内が分裂する。無制限建艦競争は国家(資源小国日本)が負担に耐えきれず、米国も規制を受けるから受諾妥当とする「条約派」と、対米互角を強く主張する好戦的「艦隊派」に別れ鋭く対立、後に艦隊派が陸軍主戦派と共に勢を増し、結果日米開戦となる。
 陸奥で特筆する事は砲力と防御力を向上させ就役当時は世界最速の26・5ノットの高速を出せた事で、これは隻数の劣勢を高速遠距離砲戦(アウトレンジ作戦)で補う考えからだが、対米戦ではその機会はなく終わった。
 なお長門、陸奥は開戦まで交互に連合艦隊旗艦を務めた事と40cm主砲搭載の米のコロラド級3隻、英のネルソン級2隻とで世界7大戦艦と宣伝(国威発揚)された為、この2隻の名は国民にも親しまれた。
 昭和9年ワシントン条約破棄を宣言し陸奥の大改装に着手する。結果排水量4万トン、対空兵装も12,7cm高角砲4基に換装し開戦を迎えたが、開戦初頭から航空攻撃が戦闘主体となって、大艦巨砲の戦艦は一挙に活躍の舞台を失った。特に艦隊の対空防御に自信のない海軍は、艦隊決戦を棄てきれないことを表向き理由に戦艦温存策をとり、陸奥を含む戦艦の出番は全くなしになった。
 ガダルカナル争奪の為、ソロモン海で起きた幾多の海戦では米は新鋭戦艦を続々投入したのに対し、航空攻撃を怖れ30ノット以上を出せる金剛クラス戦艦4隻以外は会敵を避けた。陸奥は主砲咆哮(海戦の)機会も無い中、昭和18年6月広島柱島に碇泊中、後部弾薬庫が大爆発を起し沈没してしまった。
 爆沈により乗員1121名死亡、救助は350名。帝国海軍は爆沈事故秘匿の為、救助した乗員を激戦玉砕地に送り非情なる箝口令を徹底した。 
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# by ichiyanagi25 | 2017-04-11 12:44

日本会議に連なる「アベ友学」園の深層について

日本会議に連なる「アベ友学園」の深層について
安倍友学園は日本会議の奥の院が問題
 さて安倍内閣を揺るがすアベ友関係の「内ゲバ」騒動であるが、メディアはこの連中、維新を含んで全部カルトオブ靖国の日本会議で繋がっていることを余り報道しない。これは安倍政権の闇に迫ることである事から、官邸のコントロールを受けるメディアが報道しない(出来ない)と思われる。
今回言いたいのは日本会議でのことではない。
 むしろカルト中のカルトである統一教会がアベ友学園の主力出演メンバーとどういう繋がりがあるのかである。
 まず籠池のかみさんと昭恵とのメールでしばしば「祈ります」だの「神様」だのが出てくる。見逃している人はそこを今後注目して見聞きすると良い。
 先週TBSの午後のワイドショウで、若い男タレントが(昭恵メールに)「祈る祈るとあるのはクリスチャンなんですかね」と聞いても誰も反応せず上手くスルーした。
 そう昭恵は間違いなくクリスチャンであるが尋常のキリスト教でなく、カルト系の信者である。でもそれを言うとまさに政権がぶっ飛ぶからメディアは口が裂けても言わない。
 だからここで書くしかない。安倍夫妻は統一教会の信者である。これは副島隆彦さんは何年も前から指摘している。これも知る人は知るだ。
 副島さんの重たい掲示板には証人喚問の後、全てをとぼけて事件は葬られるとしている。でもそれだけでは当然収まりがつかないから、安倍は総理辞任で幕引きをすると。
 昨年のトランプ当選を当てた副島氏が何を根拠に安倍辞任で幕引きで誰も罪に問われないで終るを預言するのか、注目したい。4月に幕引きだと言うから来月に注目である。
山口敬之に騙されるな!
 さてテレビのワイドショウではアベ友学園をなるべく早く終焉させるべく官邸差し回しの人間を各局に派遣している(政権によるメディアコントロール)。
 顕著なのが田崎史郎と山口敬之である。特に山口の方が世代交代宜しく70過ぎの田崎に代わってでかい顔をして、各局で官邸サイドの意見を吹聴しているから要注意である。此奴はTBSをやめた後に幻冬舎から本を出しているが幻冬舎の社長やAKBの秋元は安倍政権の意向を受けたメディア支配の要である事も忘れてはならない。
 だいたい森友学園のような戦前回帰の靖国カルトに総掛かりで便宜を図ったのが、今回の騒動の全てだ。安倍を総理に頂く国家官僚と、自民補佐のエセ野党維新の会の松井や橋下連中がそれをやったのである。
 そして安倍の代わりに昭恵が度々出向いて学校建設に便宜を図るも国民の財産を食い物にする大罪であるが、何より思想的な押しつけを国民にしようとしたのが事の全てであり、これが一番問題なのである。
 安倍昭恵も単なるおっちょこちょいではなく靖国カルトの確信犯である事を見抜くべきだろう。
安倍、統一教会、麻薬と北朝鮮のトライアングル
 『安倍首相と山口組と統一教会と北朝鮮。全ては裏で一つにつながっている』とのサイトがあるので一瞥するのも良いだろう。見たことのない人はすぐチエックされたい。
 ここに書いてあること全てを信じなくとも保守亜流(これが現在自民を牛耳る)と統一教会、ヤクザ(ここでは山口組と名指し)、そして更に北朝鮮と繋がるとの見方である。そしてそれをつなぐものは麻薬資金である。これを荒唐無稽と捉えるのは早計だ。
 なぜなら歴史的にみると幾つもの点に合点がいくからだ。
 まず何故山口組が関東に進出し、関西だけでなく今に至る勢力を持ったかと言えばGHQが朝鮮戦争時の港湾荷役の仕切りをヤクザに任せたことだ。山口組はこれで横浜港にも進出し興業部門で美空ひばりとの縁を持つのである。
 また安倍晋三があこがれて止まない岸信介は戦前東大出の革新官僚として満州支配の実権を握る幹部だったが、対米戦中の昭和17年東条内閣での大政翼賛選挙に初出馬して政経進出を果たすが、この時今の金額にして5,6億円の金で選挙戦を戦い勝利する。その資金元は満州での麻薬権益からと言うのは政界の常識である。
 3/12に平野さんを招いて講演集会を開いたが、平野さんも安倍閨閥での祖父岸は麻薬で得た金で政界に進出したと言っていた。金額は平野さんから聞いた額である。
 統一教会と言えば70年代後半から80年代に大規模な合同結婚式を催し、歌手桜田淳子始め新体操の山崎浩子など多くの女性タレントが入信し、また信者から徹底して金を巻き上げることからメディアから徹底批判されたが、この裏の繋がりまではさすがに明らかにされていない。
 40代以上なら統一教会の親玉が文鮮明(2012年死去)であることは覚えているだろうが、このサイトを見ると文鮮明が金日成と記念写真を撮ったり、岸伸介と親しげに握手する写真がアップされているからそれだけでも資料的価値はある(安倍の写真もある)。悪事は息子に跳ね返り文鮮明の長男は麻薬中毒となり離婚に至ったことも知る人ぞ知るだ。
 そしていつも不思議なことに安倍が窮地に陥ると北朝鮮がミサイルを撃つのである。森友学園の問題が起きてからもミサイル発射は節目節目に起きていることも見逃せない。
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昭和の妖怪、岸信介と満面の笑みで握手する統一教会の文鮮明
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勝共連合活動をしながら金日成と握手する文鮮明-写真は2枚とも「安倍首相と山口組と統一教会と北朝鮮」のタイトルブログより引用
クーデター政府のDNAをもつ安倍と取り巻き
 また安倍が対米従属の元にやってきた数々の安保法制などの法律や体制作りは統一教会とコインの裏表の関係にある勝共連合が前からスローガンにしていたことである。
 更に籠池が子ども達に向かって「これから幕府を倒すのじゃ」と言っているが、此奴ら靖国カルトのやり方をみると、薩長クーデター政府を善、徳川幕府を悪として刷り込んでいるのである。
 幕府とクーデター政府である明治政府の戦争の関係を見ると徳川270年間では海外派兵も戦争もない。薩長クーデター政府は台湾出兵(海外派兵と軍事占領)に始まり、その後は日清、日露、第1次大戦への参戦と10年ごとに大戦争を行い、日本を帝国主義国家にかえ、結果英米の代わりにアジアの覇権を取ろうと争い、完膚なきまでに叩きのめされたのである。安倍ら好戦派のDNAをしっかり見る必要もある。
 戦後は敗戦の責任を一切取らずに、国民なんてなんのそので180度変節してアメリカの僕を臆面もなくやって政権にしがみつき利権を得ているのだ(森友だって金の動きは必ずある)。
 長州出身の総理は伊藤博文に始まり戦前5人、戦後は岸、佐藤と安倍の3人である(管も実は山口出身だが同じ裏切り者でも仲間には入れて貰えない)。1960年安保騒動でアメリカに潰された岸の教訓から宗主国には逆らわず売国政治で安倍は長期政権となっているが、国民の怒りでそろそろ引導を渡す方が良いだろう。
 日本はアメリカの同じ僕として韓国(朴槿恵の混乱)を笑えない状況にあるのだ。ただ違うのは国民の怒りが表面化していないことだ、こんな政権に飼い慣らされてはいけないとの矜持は持ちたい。
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# by ichiyanagi25 | 2017-03-30 22:07

ブーメラン効果で安倍窮地に!でも ポスト小池では変わらない

ブーメラン効果で安倍窮地に!でも 次が小池では変わらない
 従米極右連中の内ゲバの様子を呈してきた森友学園あらぬアベ友学園問題である。
 このアベ友劇場での配役陣は全て日本会議「プロダクション」のつながりにある。
 対米従属かつカルト的戦前回帰の確信犯で、そのコインの裏側が反韓反中で括られることに先ず目を向けておく必要がある。 
 このところ籠池の信を得たノンフィクションライターの菅野完氏によれば日本会議に思想はなく、アンチ左翼のみが主要で、男尊女卑の差別主義者が、日の丸掲げて国歌斉唱をしているだけの団体としている。
 民放は何処も籠池を核にテレビでじゃんじゃん流しているが、かつて小沢一郎氏攻撃の時に使ったメディア利用の攻撃がブーメランのように帰ってきて安倍を直撃している。
 「籠池の乱」は日本会議のお仲間から外され、今や尻尾切りにあって、今までの付き合いは何だとの怨念反撃である。籠池はここまで安倍に盾突ついたのだから、多分詐欺罪で逮捕に行くだろう(財政法違反だと理財局も一蓮托生となるから)。
 もう一つは、ここまで安倍が追い込まれると言うことは米のエスタブリッシュメントが幾ら安倍が従米でも、余りのカルトはもうそろそろ終わりにしても良いとの判断しているのかも知れない。
メディアの操作にいつも注意を
 電通や官邸はワイドショウには地上波、BS問わず、先ず安倍の茶坊主のトップである時事通信の田崎史郎を必ず出して、メディアコントロールをしている。また朝日が火を付けたなどとカルト右翼が朝日攻撃をしているが、朝日と読売の違いなど何処にあるかだ。田崎が出ないときは見るからに権力の走狗の風貌をした新手の山口敬之を出して籠池悪者論を展開して、安倍はその被害者みたいに言っている。それもテレビ朝日のモーニングショウでだ。だから朝日を全体的に「まとも」だなんて思ってはいけない。
 今回の場合は朝日政治部より地方記者が豊中市議の国有財産処理の情報開示請求を丹念に追ったからに他ならない。
 繰り返すが森友学園問題はそもそも日本会議に属する従米カルト右翼連中の繋がりで起きていると言うことだ。
 ここをおさえることと、国民の財産をそのお仲間にただ同然と売り払ったことに問題がある。この解明がうやむやにされてはならないのである。いずれにしても安倍はもう替え時だが、その代わりが小池であっては何もかわらない。
豊洲は何が問題で何がいけないのか 
 この三連休中、安倍はヨーロッパに行き籠池は23日の証人喚問までリークはしないだろうから、テレビは豊洲問題に比重を居いている。
 生中継までされた都議会百条委だって予想とおり裏取引や誰が一番利益に預かったのかは出ず終いだ。
 そして驚くのはあそこまで啖呵を切っていた石原の都合(健康問題だと)を全面的に聞いてやって3時間の喚問時間を1時間にと大幅短縮を認めたことだ。あの石原の調子で何処が体調不良なのだ。
 99年以降の都政は自民、公明は石原とグルだったが公明は都議選を前に石原から逃げた。
 都議会自民は百条委で生中継にも拘わらず、石原の功績を持ち上げるなど百条委の時間を無駄にするだけで当然それは後にもテレビで取り上げられる。尋問に立った奴はもう引退を決めているのか。百条委でよいしょする都議会自民はよいしょ「自爆テロ」で惨敗確実だ。
 そもそも、この問題、都議会の責任も十分ありである。都議会がこれまで節目でしっかり審査すればこういう事にはならなかっのである。
 特に09年時に第一党になった民主の責任は大きい。そして民主議員一人を最終議決時に完全に釣りあげられて寝返えらせ、1票差で豊洲移転がきまったことを忘れてはならない(百条委でも元民主議員が指摘していた)。此の裏切り者は自民党に利用され、世田谷区長に立候補して自民の支持を得るが保坂展人氏が立候補したので当然の報いで惨敗した。こういう裏切り者は政治的晒し首にすべきだ。
豊洲の外資投げ売りに注意だ
 いずれにしても豊洲問題は刑事告発も出来ずで、石原は逃げ延びる。だいたい豊洲移転がそんなにいけないことだったら、責任は都議会にもある(ずっと反対してきた会派と議員は除くが)。こうなると戦争責任と同じで、行政議会、総員責任回避でうやむやで幕引きだ。
 と言うことはこの騒ぎは結果的に小池贔屓で進んで行く(メディアもそうしていく)。
 ここを見通すと豊洲移転がもしなくなったら何が起きるのか思いを巡らした方が良い。
 かんぽの宿の投げ売りと同じようなことが起きる可能性もある。
 なぜなら小池も新自由主義者だから、豊洲移転をやめて築地で再整備となれば汚染土地豊洲は都が買った値では売れないと外資、グローバル資本にたたき売るかも知れない。中国系のアリババがそれで動いているとブログに載せる反小池論者が居るくらいだ。
都解体で地方分権が都民のため
 そもそも石原追及は、何が問題で、何の罪を問い、何を解決すべきかが、何ら整理されておらず、情緒だけで行われていることだ。
 今の都政の一番の問題は余りに都の規模が大きくなりすぎたことだ。今回のことを教訓とするなら住民自治の原点に返って都政を分権する事だ。 
 石原が首相になれないことを知って都知事に転身したのも、尖閣を買うとか総理まがいの発言をしてアジアの安定を壊したのも、都の権限と財政規模が大き過ぎる事だ。本社機能が集中する東京都は法人税が潤沢で都道府県で唯一の不交付団体なのである。
 都が大きすぎるのが問題と捉える思考が停止してしまっていることが一番問題だ。先ずやることは都の解体で地方分権で23区を市に昇格することだ。戦前までは東京、京都、大阪が3つの府だった。これは明治政府が江戸時代からの三都の経過を考え府にしたことの名残だ。北海道はただ行政区が広く東海道や北陸道のような区別で名づけられた。
 結論を急ぐが、特別区で60万人以上の区は政令市にして権限移譲すれば良いのだ。
今の都制度と特別区制は戦時下できまった
 都下の市も再整理して政令指定都市や中核市にしたってよい。但しそこまでやると時間が掛かるから23区を市に昇格すれば良い。
 だいたい今の都と特別区制は昭和18年の戦時下で戦争遂行のためにしたのだ。それが忘れられている。
 2000年の分権一括法で区の権限もある程度広がったが、それまでは23特別区は一般市よりも権限が制限されていた。例えばゴミ、下水道、消防、水道などは市の権限だが、全て都がやっていた。23区は千代田区を除いて皆人口10万人以上なのに全て都がやってしまっていたのだ(集権が都合が良かった戦時下の名残り)。
 人口でい言えば世田谷の約90万人を筆頭に60万人以上の区は2位の練馬区以下、大田区、江戸川区、足立区と5区もある。また反対に千代田では居住者は6万人に届かない。
 千代田区は皇居がある伝統名だからと言って、人口規模なら神奈川で言えば逗子並みであり、これでは行政区分としてアンバランスに過ぎるだろう。名前は千代田の名称そのままにして、南隣の港区と一緒(合併)になれば30万市になる。
 美濃部都政の12年間で、なんで区への分権論が起きなかったのだろうか?。
 基礎自治体の権限を大きくし財源を移譲した方が顔の見える関係で良い自治が出来るが、09年以降、分権論は官僚に反撃を受け、特に野田民主が2012年、安倍に大政奉還して以来、分権論は「壊滅」してしまった。
 分権が住民のためになることを主権者が知ってマンモス都政の解体をする事が問題解決の一番だ。空騒ぎをしているだけでは、石原みたいな奴を生むだけで、都民のためには何も生まないことを知ろう。増してそれが小池新党に繋がるのではまったく問題解決にはならないのである。
 
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# by ichiyanagi25 | 2017-03-21 09:34

2025年から顕著になる多死化問題

2025年から顕著になる多死化問題
 そのピークは2035年で横須賀では1200人以上が病院施設で看取られない状況になります。
 看取り場所は個人の選択問題ですが、自分の尊厳のある終末を元気なうちから考える人は極めて少ない上に、2025年以降は間違いなく病院施設で看取れないので在宅へと誘導されることになります。
 今の世帯構成は高齢夫婦、独居が多く占めています。家族が多くて昔のように嫁さんや娘さんが看取ってくれる家は少なくなっています。
 谷戸高台に多くの高齢者を抱える横須賀の事情も加味されて、在宅看取りを役所がどう支援するのかが問われています。
 5年前に議会で指摘され横須賀は全国に先駆けてこの問題に取り組み出しましたが、市民をカバーする方法がまだ出来ませんし、市議会でもこの論議は極めて低調です。
 市民が困らない体制を作るのは役所の最大の仕事です。また役所の仕事をチエックし、予算を議決する議会もこの課題をしっかり受け止め市民のための論議をする必要があります。
 また市民も制度さえ出来ればエスカレーターに乗るように全てスムーズに運ぶと言うわけにはいきません。市民はその人の死はその人そのものであり、死ぬ人の数と同じケースが生じる事を認識する必要があります。
 必然となる在宅看取りをどうするのか、関係者が本音の論議をします。
 
 明日3/18シンポジウム開催します

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# by ichiyanagi25 | 2017-03-17 09:07

教育勅語は国民犠牲を強いる押しつけだ

教育勅語は国民犠牲を強いる押しつけだ
 森(アベ)友学園問題はついに籠池を無理矢理退陣させ決着を図るようだ。
 籠池が大きな力(官邸の意向か)の働きかけで理事長を放り投げたとして、これで検察が入らずとしたらとんでもないことだ。また籠池の首を取ったで民主党(今は民進だったね)が手加減するなら、これまた許しがたいことだ。 
 ところでアベ友の籠池も稲田も文科大臣も教育勅語は悪くないと言っているが、これこそ、とんでもないことだ。局限すれば此奴らは国民は我ら(政権)に従って死んで当然と思っているのだ。
 今上天皇の退位発言を姑息な立法で済まそうとしているように、安倍内閣の本質やアベ友は明治政府や昭和期の軍部と同じで天皇を利用しているだけなのだ。
教育勅語はクーデター政府が作った押しつけ
 いろんなところで教育勅語の原文は紹介されているから、ここでは取り上げないが、そもそも教育勅語は薩長クーデター政府が天皇を現人神にして、政権に一切の批判を許さずに、国民を統治するために作った究極の押しつけ規律なのである。
 これはアメリカの「押しつ憲法」論どころではすまない、国民に対し天皇の名の下に従えとの強要が詰まっているのだ。
 要するに安倍友や安倍内閣の対米従属捻れカルトは、教育勅語の最初の方の「常識的」な所だけ強調するが、それは儒教が教えるところで、孔子以来の長幼の序とか王に対する忠、親に対する孝の教えをであり、明治クーデター政府のオリジナルではない。
 問題はそれらの徳育を説くところではない。現人神がおわす神州(日本)に一端危機が迫れば、国民は命を差しだし、天皇主権(薩長)国家を守れと言うことである。それを年端もいかない子供の時から刷り込んで、逆らうことのない忠良なる「臣民」を形成するためだ。
 だいたい幕末までは勤皇佐幕が国体であり、孝明天皇までは天皇公家も実際政治は幕府が行うで、まったく異論はなかったのだ。
 しかし幕府を倒した後、下級武士達によって成立したクーデター政府の正当性が問われ、統治機構のヘゲを握れないから、幕府は朝敵であると吹聴した。
 テロとクーデターで政権を取った倒幕派はやがて意見対立によって鋭く対立する。意見の違う者(西郷、江藤、副島、板垣ら)を明治6年の政変で政府から追い出し、更に政権基盤を確立した後、いよいよ植民地獲得に乗り出すところの日清戦争に行く前にこの教育勅語が作られ全国に徹底したことからも分かる。
 またこの教育勅語は青年になって徴兵されたときにたたき込まれる軍人勅諭にリンクする。この2つの勅諭の肝は「汝ら平民の命なんざ鳥の羽くらい軽いんだ」と躾けるまったく酷い強要なのだ。
特攻の根源も教育勅語に由来する
 これで先の大戦時、海軍機動部隊が壊滅して敗戦必至の昭和19年秋降海軍は優秀な大学生を促成操縦員に仕立てあげ、特攻の命を下して降伏を伝える玉音放送の日まで5千人以上の秀才エリートの命を奪った。
 10ヶ月に及ぶ特攻攻撃(それしか敵艦攻撃方法がなくなっていた)をした国は日本以外見当たらない。特攻を持ち上げる連中は靖国カルトだが、まさに狂気の沙汰である。
 飛行機と潜航艇による特攻攻撃で予科練出身や大学生がこれほど無駄に殺されねば戦後の高度経済成長はもっと凄くなったし、五輪のメダルだって水泳を中心に10以上は取れたろうし、野球では別所、川上を上回るスーパースターが出た事に疑いはない(こういうことを書く人もいない)。
 そしてとにかく軍部中枢は天皇の為にと言いながら、実質は自分達の狂気とメンツと何より地位と利権保全のために国民に命を投げ出せと命令し、いたずらに降伏を長引かせたのであって、310万の戦争犠牲者のうち200万人以上は特攻が始まって以来の死者数が真相だ。
 国民の命など何とも思わないから特攻を命じた陸海軍高官は、大西中将らごく一部を除いて誰も責任を取らず、戦後はのうのうと軍人恩給を貰い、多くはアメリカに諂った。
空襲被害の拡大も国民生命の無視軽視から
 また一般国民には焼夷弾攻撃には逃げずに消せと命じて(防空法)3月10日の東京大空襲では約10万の東京市民が焼き殺された。
 これは防空法を作って、空襲を受けても逃げずに消せと命じたからだ。都市住民はサイパン陥落後の昭和19年後半から学童疎開が始まったが、10代から50代までの男女は国家総動員法もあり、勝手に疎開や引っ越しなど出来なかったのである。
 空襲から逃げだそうものなら、警察、警防団、消防団、在郷軍人会、国防婦人会、町内会などが相互監視で防空法違反で逮捕拘留され、それまで行かなくとも非国民扱いで配給さえしてくれない国家の報復が待っていたのである。
 この強制のもと多くの国民を無駄死にさせたことに安倍以下のカルトはもとより、自民公明の閣僚と議員が殆ど分かっていない。
 この悲惨な事実を知ろうともしないのは議員の資格なしだし、また知っていてやっているなら、そいつらは戦前の軍部政府と代わらない国民の敵だ。 
 しかし昭和20年3月10日の東京大空襲の体験から、空襲時に防空法通りやったら皆殺しにされる事が分かり以降の空襲では警察も在郷軍人会も消防も国防婦人会も皆避難を優先した。だから以降の空襲では首都圏では1万人以上死ぬことはなかった。
 東京大空襲の約一月後ルメイ将軍は3,10の効果絶大な再現を狙って4月13日に3月10日と同規模のB29の328機による夜間空襲を仕掛けた。この時の死者数は何と98人なのだ。一月前の1000分の1以下の死者数だ。
 焼夷弾は消せるでは無く、すぐに逃げろと避難を国民に示せば、多くの国民は死なずにすんだのである。この国民を無為に死なせた陸軍の防空責任者の責任が戦後まったく問われていない。
 防空法を作り「逃げる者は非国民、帝都を守る為に命を投げ出せ」としたのも教育勅語にそもそも根源があると理解すべきものだ。
安倍友内閣を早く倒すこと
 だから教育勅語にも良いところがあるなんて奴に絶対に騙されてはいけない。こういう政治家や日本会議の連中は本当は同胞愛がないのだ。本当にとんでもない奴らで公職などに就かせてはいけないのである。とにかくカルトの政権を早く倒すことがあらゆる意味で大事である。
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# by ichiyanagi25 | 2017-03-11 14:09