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2本の映画を見るⅡ

2本の映画を見るⅡ
 先ず引き続き、コロナ自粛下での映画の感想。
 シネコンで今も上映している「三島由紀夫VS東大全共闘50年目の真実」について。
 この件は私が19歳の時で、当時、東大全共闘との討論会については、ニュースで見たことを憶えている。TBSが取材元だからTBSのニューススコープ(田英夫などがキャスターだった)か何かで見たのかも知れない。
 当時、盾の会の三島と全共闘が討論と言うから、殴り合い寸前の激論かと思ったが人ずてに東大のエリート同士の討論会だったと聞いた。当時私はベ平連活動をしていたが、まあそれほど期待も関心もない討論会であった。むしろ全共闘運動ではエリートの東大より、素直に右翼権力体制に抵抗、反撃するために立ち上がった日大全共闘の方に共感を覚えていた。
 この討論会の様子はTBSが16ミリで撮影していて、それを今回編集し、生き残り関係者の証言を加えて劇場公開したわけだ。
 16ミリフィルム(映画のスタンダードサイズ)で保存されていた訳だが、当時はNHK、民放問わずテレビ局はビデオはまだで、生放送以外のドラマやニュースは全て16ミリムービー機材で撮られていた(70年代中頃にフィルムからビデオに切り替わった)。
 余談だが、私も70年代後半から80年代にかけて、数本の東京湾保全のための自主製作映画を作ったが16ミリフィルムは解像力抜群ながらカメラ、レンズはもちろんフィルム代、現像料共に極めて高く、制作費捻出に苦労した覚えがある。
 その16ミリカメラで2時間ほどを全て撮影し(但しモノクロ撮影-69年当時カラーテレビの普及率は30%くらいだったろう)、音もオープンリールのテープレコーダーでクリアに録音している。
当時から続く支配構造を論議しない日本
 この映像に出てくる東大全共闘側の人間達は、今は全て70才以上であり、三島の憤死年齢(45才)を25才以上超えている。
 この討論模様を50年たって、始めて全てみたわけだが、正直言って、三島及び全共闘側も、お互い観念的である。としか感じなかった。
 まあ少し意外だったのは三島の態度である。喧嘩ごしで討論をしに行ったのではなく、何とか共通話題を探って、右と左の討論を望んでいるようには見えた。
 しかし「君らが天皇の事を言えば共闘できる」言いながら、それを阻害するものが何か!を全くテーマにしていない。具体的に言うと日本を支配する本当の構造について、左右共に一番に解消すべきは何か!が全く語られていないのである。お互いに反米というなら、反米の根拠を出し合って話を進めないと話はかみ合わない。
 結論的に言えばテーマが絞り込めておらずせいぜい天皇制についての考えの違いくらいで、米に従属する安保体制を認めるのか(これなら右翼左翼共にノーであるはずなのに)が討論されていない。
 要するに70年安保闘争前年であるのに、安保体制とは何か、その支配構造に右翼、左翼はどう対峙するのかという事は何も論じられていないのだ。
 1969年は戦後24年めであり高度経済成長のまっただ中。3Cと言われた高嶺の花だった車、クーラー、カラーテレビが家庭に入ってくる時代だった。
 アメリカは東側に勝つために敗戦国である日本、ドイツの経済成長を促進させていた時代である。
 1960年の安保改定で10年後の70年からは、日米どちらからも廃棄を1年前に通告すれば解消できる(実際は日本からは言い出せない仕組み)とされた前年である。
 当時、今と全く違って反米愛国であった右翼の主張はヤルタ、ポツダム(Y.P)体制打破で有り、当時の2大覇権国であるアメリカとソ連の配下を拒否するというもであった。ヤルタ協定ポツダム宣言の戦後支配を体制を認めないと言う事だった。
 しかし、この映画を見て痛感したのは、反米の根本的問題であるはずの自衛隊の指揮権はアメリカが持つとか、戦後の国体は天皇の上にアメリカがいる「日米安保体制下の象徴天皇制」という理解が左右共に持ち得ていなかったことだ(今だって左右とも多くはこの本質支配構造を捉えていない)。
 だから、三島は天皇を評価すれば諸君と共闘するようなことを言っているが、アメリカにコントロールされている象徴天皇制についてを論じ合っていない。 
 アメリカの属国(朝貢国)となっている「日米安保体制下の象徴天皇制」を右も左も許せるのかが論じられていない事がとても不満だ。だから私は、この映画を見て、日本の左翼と右翼の限界しか感じられなかった。
 この映画で当時の東大全共闘の論客と評される人達や、楯の会のメンバーも出てくる。映画ではそれぞれ存在感を持ったように登場させているが、この人らが70年代以降何をやったのか、私は寡聞にして知らない。
 多分思想的には全く影響力はないだろう。少なくともこの人らの著作や活動を知らないのである。
 と言うことは、この映画を纏めて劇場公開したのは、センチメンタルジャーニーで、50年前こうやりましたとの思い出話でしかない、毒にも薬にもならないからかと思えてしまう。だから大手シネコンで上映しているのだろう。
問われるのは左翼と三島の限界
 映画の中で三島が言っているように、君らが過激な街頭行動やデモをやっても自民党や政府の連中は何も怖がっていないと言う下りがある。そうなのである。権力と支配機構は学生連中の跳ね上がりなど、脅威に感じていない、革命などは起きないと。
 それは三島についても同様である。
 三島はこの討論の翌年の11月に市ヶ谷の陸上自衛隊で、自衛隊決起を促す演説をした後、自決したが、演説中に盛んに下士官兵からヤジられた。その演説でも三島は「君らの指揮権はアメリカが持っている。これが独立国の軍隊か!これで良いのか」とはアジっていない。
 そして当時の中曽根防衛庁長官は三島と様々な接点がありながら、その行動を切って捨てるコメントを出した。これに同性愛者関係の丸山明宏は中曽根を許しがたいと批判している。
 権力に付く右翼や政治家は三島を馬鹿にし、当時私が読んでいた軍事研究との雑誌は「欠陥小隊長、三島」としてコケにし、中には戦時中の東大での軍事教練でも精神障害を疑われ三島には三八式歩兵銃を持たせなかったとの記述もあった。
 三島も広く国民に支配構造を知らしめて、支配体制と政治を変えようとする行動がないまま自決してしまったのである。
支配構造を考えないから流される
 日本の支配構造や国民を支配する権力について考えないでいるから、このコロナ騒動でも国民は、自粛要請より権力から移動の自由や集会参加への自由を止められた方が良いとする者がテレビで取り上げられている。国民側から緊急事態宣言を希望するというのである。中国みたいにして私権無視の都市封鎖をして欲しいのか?
 見習うべきはいかにして国民の命と暮らしを守るかである。
 検査を絞って感染者数を低く見せているが、それも間もなく限界だろう。そうなると医療崩壊と安倍や小池は言うが、この2ヶ月何をしていたのだ。安倍と小池の無能無策に付き合わされてたまるかである。
 今やることは軽症者(罹患者の8割は軽症)対策のための検査、医療施設の確立と、そして働けなくなった個人への休業補償である。
 それを2の次にして、不安ばかり煽るのはいい加減にしろと言いたい。
 メディアは安倍と小池の言動ばかり取り上げるが、都道府県、政令市、保健所設置市の役割で地域の医療対策は地域に任せる財政支援と医療供給支援をすべきだ。
 保健所設置市の横須賀市の情報公開もなさ過ぎだ。市議会も何をしているのかと指摘する。
 緊急事態宣言を出して移動を禁止しても、何週間も出来るのか?、検査態勢の充実で感染しても軽症の内から隔離や治療できる体制をつくって、かかっても心配は少ないとの体制作りと情報発信することで、諸外国とは違う対応もとるべきだ。ここまで広がったら行動自粛だけでは押さえ込めないだろう。
 兎に角保健所設置市の情報公開が求められる。そして地方議会が論議してきめる。市民の目が届く地方が主体的に動くようにしないと駄目だ。政府はその為の財政的補償と、個人への休業補償(手間暇のかかる申請方式は駄目)をすぐやることだ。

# by ichiyanagi25 | 2020-04-04 17:50

コロナ不安の中で2本の映画を見る

コロナ不安の中で2本の映画を見る
 不安を煽るだけじゃ駄目だろう
 新型コロナウイルス対策で自粛そして閉塞ムードが凄い。
 映画館でも安倍の後手後手対応に、すんなり従って上映中止に踏み切るところと、そうでないところがある。しかしオリンピック延長が決まった途端、検査数の絞りを緩めたから1400万人都市の東京で50人規模の感染者が続いているのを受けて明日からの土日は自粛要請出したから、多くの映画館が自主閉鎖を決めた。
 また権力者の「要請」に弱い多くの国民はまたもや買い占めに走り出して、トイペーも又売り切れだ。食料の買いだめも凄い。保存食だけでなく肉も売り切れ。馬っ鹿じゃなかろかだ。
 主権者意識がない印だ。肉、野菜まで売れきれるとはもうお笑いだ。これではショックドクトリンで法的根拠のない私権制限にも、「おかしい」との声は上がらないだろう。
 また首都圏の知事が相次いで移動自粛を呼び掛けているが、県議会の関与も与えるべきだ。この様な私権制限を知事の専権事項にするのはマズい。
 議会は行政のチエック役だから、緊急事態宣言を出すときなどは臨時議会を即時開いて質疑を行い、議会同意を得ることも大事だ。
 この指摘がどこからも出ないが、強権発動には主権者代表のチエック同意は必要だ。
 それと政府と自治体は感染防止と称して、都市封鎖だとか不安を煽ることばかりしていないで、大量感染者がでても検査治療が出来る医療体制を早く作る事だ。これは都道府県が主体性を持ってやるべきだ。
 小池は本音をむき出しに、都を守る事は国を守る事だと言っていたが、国を守るのではない。国民の命と暮らしを守る為にやるのだ。
 感染にしても地域差があるのだから、検査治療体制の確立整備は都道府県及び保健所設置市が対応するのが一番良い。国は休業補償などの対応を迅速にやることだ。現金給付より商品券だとか、この後に及んで利権を考えているのなら、とんでもない。

 さて映画館も封鎖や上映時間変更も多くなる中で、先週末から2本の映画を見た。その感想を。
前橋陸軍飛行場の映画
 先ずは横浜シネマリンでの『陸軍前橋飛行場 私たちの村も戦場だった』の感想。
 タイトルに陸軍前橋飛行場とあるように、なぜ内陸部の前橋に飛行場が出来たか?対米戦で航空機の消耗戦が始まり、特に昭和17年夏以降にはソロモン、ニュギニア方面での陸海軍機の被害が増していく。陸軍でも操縦士や搭乗員の急速錬成が必要となり、1943年に泥縄式に日本各地に訓練練習用の滑走路が作られた。そのドキュメンタリー映画である。
 前橋も訓練用の一つであるが、操縦士の養成には最低でも1年は掛かるから、昭和19年に前線に送られた多くの操縦士は、そのタイミングから特攻要員とならざるを得なかった。
 そのことをメインに取り上げるのかと思ったら、特攻についての掘り下げはあまりなく、最期は前橋空襲被害の話しに行ってしまった(証言を取りやすい)。だからタイトルには「私たちの村も戦場だった」になっているが、前橋は群馬の中心都市だから飛行場があろうとなかろうと空襲には遭ったろう。
 戦後75年だから生き残りの証言者は、当時せいぜい20代前半が良いところで、軍や行政の上層部だった者からは聞き出せない。また取材する側も戦後生まれも良いところで、父母でなく祖父母が戦争体験者の年齢30,40代では、当時の様子が全く想像も付かないから、えぐり出す対象が中途半端に感じられる。
 この映画作りのきっかけは、戦時中に急に作られた陸軍前橋飛行場にあり、そこで育った搭乗員の多くが特攻隊に送られたわけだ。だが特攻への批判が少ないのである。
特攻に至る亡国日本海陸軍の愚劣
 作戦外道の極みとも言える特攻作戦が1944年10月下旬以降、敗戦の日まで10ヶ月も続いて、超優秀の若者を4千名以上もなぜ殺したのか!の責任を問う視点がないのである。
 なぜ特攻に至ったのかの掘り下げが少ないのはこの映画だけでなく、日本のアジア太平洋戦争の評価、そして現代史の研究の欠陥であると思う。反戦を言う左翼や市民運動にも同じ事が言える。
 さて、日本海軍はなぜ特攻に行ったかであるが、それは1942年夏以降、とりわけ1943年に行われたソロモン海域での海軍と米陸海軍の航空部隊の戦いにある。ここで日本海軍は取り返しの付かない損害を蒙る。
 そして42年に起きた3つの機動部隊同士の戦いで、日本の攻撃部隊がアメリカの対空砲火で激甚なる被害を受けたことだ。これで日中戦争からの空母から発着艦できるベテランパイロットが多く失われた(航法誘導や救命システムの欠如など人命軽視が被害を多くした)。
 多くの戦記物でミッドウエー海戦での敗戦で、多数の搭乗員が失われたとあるがこれは大嘘である。日本は4隻の正規空母を沈められ、300機以上の搭載機全てを失ったが、搭乗員は飛龍乗り組みの数十名とミッドウエー島攻撃の際に撃墜された数機の搭乗員分しか死んでいない。空母が4隻全て沈んだので搭載飛行機は全没であるが、飛龍以外の空母3隻は発艦前に飛行甲板がやられたので、搭乗員は優先的に駆逐艦に移乗させられ横須賀に帰ってきている。
 もっとも搭乗員被害の多かった海戦は1942年10月の南太平洋海戦で130名以上が未帰還、戦死している(艦功は3人艦爆は2人搭乗だから被害人数は多くなる)。
 失敗から教訓を学ばない日本軍部の思考欠如の現れで、搭乗員損耗が積み重なり敗北する。昭和18年後半では完全にアメリカ側がパイロットの練度でも、艦上機の性能でも上まわったのである。零戦はこの時、既に陳腐な存在になっていた。この時期通常攻撃で戦果は薄いと、自爆特攻が海軍内で考えられ始めているのである。
 そこで何で特攻に至ったかであるが、それは1944年に起きたマリアナ海戦と台湾沖航空戦にある。ここについても殆ど言及がないので詳述したいと思う。
マリアナ海戦での搭乗員大悲劇
 先ずはマリアナ沖海戦である。
 この時アメリカはエレクトロニクス技術で圧倒的に日本海軍を凌駕していた。
 先ず索敵レーダーだが、この頃には米海軍は高度策定レーダーも完備しており、2,3百キロ先の攻撃部隊の進路高度、またその規模を把握できた。
 そして何より凄いのは対空兵器とその射撃管制装置である。これにより急降下爆撃と雷撃が全く主要艦艇に近づけずに撃ち落とされることになった。
 日本の小型高速機への対空砲火の命中率は1~2%くらいだが、アメリカの撃墜率は数十%に及ぶ。
 アメリカは早くから脆弱な空母の対空防御を考え、レーダー索敵と対空射撃管制装置(レーダー利用)の開発に力を入れた。
 珊瑚海海戦と南太平洋海戦で日本側の撃墜機が多かったのは、この為である。さらに1943年になると先ず有効射程5Kmの高角砲(12,7cm砲)、そして3千m以下に迫った機への対空砲火の40ミリボフォース機銃、更に千メートル以下に迫る飛行機用の20ミリエリコン機銃(零戦に積んだ機銃と同じ)を組み合わせ隙のない防空射撃網を構築した。
 1944年以降は更に命中精度を高めるために高角砲砲弾に時限信管でなくVT信管(打ち出されると砲弾から電波発信して飛行機の10m数以内に近づくと自動的に破裂し、多数の弾片と爆風で飛行機を破壊する)が駆逐艦以上の各艦に配備される。
 この海戦でアメリカ軍艦の損害が軽微なのは、激しい対空砲火により日本機が有効射点に近づけなかったためである。
 マリアナ海戦は日本は乾坤一擲で正規空母3隻を含め400機以上の攻撃を仕掛けるが、向かってくる大編隊を把握した米機動部隊は、数百機の迎撃戦闘機を配置して、空母艦隊の遙か手前で、まず多数の日本機を撃墜した(作戦中350機以上を戦闘機が撃墜している)。
 なおこの頃の日本の操縦士の大半は未熟で、逃げ方が下手で撃ち落とされたし、悲しいことに攻撃後に航法の不備(帰投誘導の欠陥)で機位を失い帰投できずに死んだ者も相当いる。 
 要するにこの海戦で日本は正規空母2隻を含め3隻の空母を撃沈されたことと、母艦搭乗員の大半を失い、2度と機動部隊を編成できなくなった。
 日本の搭乗員戦死445名の大被害に比してアメリカに1隻の沈没艦もなし。そして米側の搭乗員死亡は6分の1の76名である(米側の損失機数は130機にのぼるが、夜間の着艦失敗や燃料切れ覚悟の攻撃により、帰投時の洋上不時着が併せて90機あったが、洋上不時着は配置された駆逐艦にほぼ全員救助されている)。
 この海戦に敗れサイパン、テニアン、グアムを取られB29の発進基地となり日本は空襲される。マリアナの敗北とサイパン失陥は、東条内閣が倒れるほどの大敗北であった。
台湾沖航空戦で完敗で特攻作戦へ
 機動部隊がなくなり、通常の攻撃では成果が上がらないので海軍は、薄暮、黎明、夜間または荒天でもで攻撃が出来るような部隊を陸軍と共に造り上げることにした。これでフィリピンに押し寄せる米機動部隊を迎え撃とうとしたのであるが、向こうは夜間戦闘用グラマン戦闘機にレーダーまで積みだしていた時期だから、この部隊がどういう目にあうか戦記オタクで無い人でも想像がつくだろう。
 台風時にでも攻撃できると言うことからタイフーンの頭文字を取ってT部隊と言われた部隊もあった。指揮者は源田実である。
 そして10月12日から4日間台湾~沖縄方面の機動部隊に攻撃を仕掛けた。米機動部隊に向け1000機を超す陸上からの攻撃部隊(陸軍機は新式爆撃飛龍などが少数加わった)が投入されたが、重巡2隻を中大破、空母1,2隻に損害を与えたのみで3百機以上を撃墜されてしまった。
 しかし夜間薄暮なのでの未熟搭乗員が味方機の撃墜時の火炎や爆発を、敵艦の撃沈撃破と見間違え、大戦果を報告。それを点検することなく鵜吞みにする上層部により空母10隻を撃沈とする大戦果を大本営発表し、なんと天皇にも上奏された。戦果確認が極めてずさんな上に、これまでの戦闘からこんなに戦果が上げられるのか?と思わない軍令部の頭脳構造が問題である。
 海軍はその後の偵察結果から、1隻の米空母も沈めていないことに気がつくが、これを陸軍にも隠す。
 要するに日本機の通常攻撃では、近づくことも出来ずに撃ち落とされ、米艦1隻も沈められない事に至った。ならば、ここで海軍としてはもう戦えないと言うべきであり、当然、戦火が国内に及ぶ前に講和を考えなければならないが、狂気の陸海軍(特攻は海軍が主導した)は、国民犠牲の上に戦争継続を決めて、大学生など優秀者を利用しての特攻一本槍で行ったのである(特攻を非難し、練度を上げて通常攻撃を貫いた部隊は海軍の美濃部芙蓉部隊くらいなもの)。
 なお忘れてならないのは航空特攻を始めたのはレイテ海戦時で、戦後「善玉」と扱われた海軍である。
 レイテ海戦では機動部隊が編成できず、これまで遊んでいた残余の戦艦群で米空母部隊や輸送船団に突入攻撃することにしたのだが、この部隊への米機の攻撃を少しでも減らすために、空母甲板に穴を開けようで特攻が始まった。
 最初の特攻攻撃は海兵出の士官と予科練組で行われた。米側としては自爆攻撃すると思わないので、特攻攻撃は功を奏して軽空母などを撃沈した(但し少数に留まり戦の方向に影響なし)。これに味を占めた海軍上層部はこれ以降特攻を常態化させ、陸軍も引きずられて、特攻を始める。
 しかしすぐに米海軍は対応策を立てて被害を少なくした。よってこれ以降敗戦に至るまで、正規空母や戦艦、重巡洋艦を特攻によって撃沈したことはない。
 レイテ海戦の結果はエアカバーなしの日本海軍に勝機はなく連合艦隊の壊滅となった。
 この時、武蔵他3隻の戦艦、ほか瑞鶴以下4隻の空母、10隻もの巡洋艦が撃沈され連合艦隊はこれで壊滅した。なお空母は囮(おとり)艦隊となってハルゼー機動部隊の攻撃を吸収する役を買ったが連携も旨くいかずに、戦艦郡は小型護衛空母を沈めただけでこちらも事実上壊滅した。
優秀エリートを4千名以上殺した
 要するに海軍はマリアナと台湾沖航空戦で通常攻撃では撃墜されるだけで一艦も沈められないとして、航空特攻に特化したのだ。戦略的には人的被害を強いればアメリカは講和に応ずると願望を抱いたのである。全く自己都合でしか敵を見ないのである。
 この愚劣きわまりない軍部により大学生の超優秀な搭乗員と、予科練や陸軍少年非行兵あがりの下士官搭乗員が犠牲になった。
 昭和18年の学徒出陣で大学生が理科系以外の徴兵猶予がなくなり、陸海軍に取られた。海軍はこの大学生を搭乗員や偵察員に仕立てて特攻をになわせた。
 今の大学生と違い当時の大学生は超優秀性である(旧制中学は入れるレベルは今の国公立大学に匹敵するだろうから、公立私立を問わず大学生は超優秀だった)。
 もし特攻でこの人達が死んでいなかったら、戦後の日本の経済や工業発展はもっと凄かったろうし、五輪でもメダリストが何人も出たろう。また野球でも川上、別所を凌ぐ選手も出たことだろう。
 予科練でも陸軍航空隊でも操縦士になれるのは下士官でも皆秀才である。航空特攻だけでなく潜航艇、果ては震洋ボートによる特攻も組織化された。震洋艇など機銃で撃退され殆ど効果はなかったろう。
 近代戦が出来なくなったらもう負けだ。国民の犠牲を拡大させることなく、講和交渉に行けなかった軍部と政府(昭和天皇にも)に徹底批判を加える必要があるのだ。
 映画もぜひその点を貫徹して貰いたいと強く思った。
 なぜ特攻に至ったのか、その原因を探る記述が余りに少ないので、長文になってしまった。もう一つの映画は次回に譲る。 


# by ichiyanagi25 | 2020-03-27 19:20

管・野田内閣の中枢は政界引退させる

管・野田内閣の中枢は政界引退させる
 
 新型コロナウイルス対策特措法で枝野立民は見事に安倍に抱きつかれて、賛成に回ってしまった。
 民主党政権時、自分達が作ったウイルス特措法で十分適用できるとした「正論」を投げ捨て、あっという間に賛成した。
 加えて森法務大臣の驚愕答弁で首を取れるチャンスも捨てて賛成に回ったのは、度しがたい。安倍に取って代わるという気構えが全くない。
 特に今回の安倍独裁の道に通じる強権発動をまさにショックドクトリン(火事場泥ボー)でやらせたことだ。
 これで国民を馴らして憲法改正では一気に国民の私権を抑制する事への地ならし。と言う警戒感がなさ過ぎる。
 今回はまさに安倍という低脳独裁者気取りに準戒厳令とも言える、国民私権制限の刃物を与えた事になる。
 慣用句に「キチガイに刃物」があるが、まさに立民、国民そして社民はこの慣用句に匹敵することを許した。社民が反対しなかったことも問題だ。これでは益々自滅の道に進むと言うことだ。小なりとも存在意義を示すことをしない。
消費税5%を言わないのは野党ではない
 そして枝野らはこのコロナウイルス対策で経済はガタガタになり、特に低所得階層や零細事業者の死活問題かしつつある中、消費税を緊急避難で下げよと言う主張もしない。
 ハッキリ言おう。管と野田政権の中枢にいた連中は、自民党と殆ど変わらない連中と言うことだ。アメリカに追従し新自由主義に対して明確な批判をしない。
 市民運動はもう此奴らに甘い顔をしないで、次の総選挙で消費税廃止に向けて5%減税共闘しないならば投票しないことだ。れいわを中心とした新野党勢力を延ばすしかない。
 仮に枝野立民が政権を取ったとしても、管、野田政権の再来にしかならない。
 もっともこの連中の本音はアメリカに命令されるままの政権交代などしなくても良いと考えている連中だから、自分の議席さえ守れれば良いのである。
 失われた30年は全て安保体制下の従属国家であることに気がついて、暮らしと命を守るために独立を志向する、矜持ある政治家と政党を育てるしかない。



# by ichiyanagi25 | 2020-03-17 13:41

市長と市議会はこれで良いのか?

市長と市議会はこれで良いのか?
 
 新型コロナウイルス対策で安倍政権の対応が後手後手にまわり、右往左往状態にあるのは今や全国民(余程の安倍信者でない限り)共通理解となっている。 
 安倍首相は殆ど閣内で論議もしないまま、全国小中高校に一斉休学要請を出した。
 PCR検査対応も厚生省や国立衛生研の妨害か一向に展開せず、検査も民間活用なら1日9万件に対応できるというメディア報道に逆らうように、未だに1日千数百件と国会答弁している。
 検査対応と診療体制を各地で確立すれば不安は一気に解消する。また感染しても平均どのくらいで回復するとか、死亡率は1%台である事などを情報公開して、不安解消に努めるべきだろう。
 不安状態に置くからデマ配信やメディアの映像で、煽動されやすい国民が煽られトイペー・ティッシュが先週半ばから店頭から消えている。
 遙か昔の73年オイルショックや3,11後の原発事故の時と同じ状況だ。この国の国民多数は本当に学習効果がない(だから安倍が7年も総理をやっていられる)。この点国民にも責任(自分で自分の首を絞める意味)がある。
自治体の役割は日々の暮らしの保証
 ところでこういうような浮き足だった状況に、日常の生活の保障をする自治体は何をしているかだ。この場合市民から選ばれて公務を担当する市長や市議会議員を指す。
 横須賀市の市長と市議会は何をしているのか、浮き足立つ市民に具体的な発信(明けない夜はないとかの精神論的頑張ろうはある)がない。
 上地市長は議員時代地域主権を掲げ、ニューウイング横須賀(会派名はこの後に地域主権会議とまでつけた)で一貫して団長を務めていたが、市長になるとすっかり自民党的市長となり、地域主権論は議会に置き忘れてきたようだ。
 安倍の一斉休校要請にも無批判に応じて、市民にHPで呼びかけを出しているが、他の自治体が独自対応しているのと比しても、主体的に考えたと思われる様子がない。
 一番問題と感じるのは保健所設置市の市長で有り、市民病院を二つ持ち感染病床を6床を持つのに、具体的に市民に何を担保できるかを一切発信していないことだ。この状況に対する保健所設置市としての国への要望をどうしているかも示していない。
 今やるべきとこは、横須賀での感染者対応やPCR検査対応を、どうするという具体論を示して市民への不安解消をすることではないか。
 浮き足立つ市民がトイペー、テッィシュ、またマスクの買い占めに走ることにも何らの声明も出していない。全て国任せのように写り、地域主権に基づく主体的対応は見られない。
 市民の生命財産を犯罪から守るのは警察の仕事であって、自衛隊ではないように、市民の日常の暮らしを守り保証するのが自治体の役割だ。だから自治体主権論なのだ。
 主権者は選挙で代表を選んで市民1人1人が持つ主権の行使を代表に信託しているのである。私たちは改めてこの民主政体(デモクラシー)の大原則を確認しよう。
市議会議員もの何をしているのか?
 一方市議も2元代表制の主権の行使者である。議員は行政監視をする役割を持つ。だから今回の危機に対して市議会は何をやっているんだと言いたい。
 特別委員会を作るでもなく、連合審査もしない。議会最終日に国に意見書を出すとか言っているが、スピードが大事と言われる感染症対策や、この状況から地域経済の混乱も必至であるのに、全く対応する術を知らないようだ。これでは信託に応えていないではないか!
 本市議員は年合計1300万円ほどの報酬や政務調査費を貰っている。それがこのレベルの動きである。これが主権の行使を行う市民代表で(十分な報酬を貰う)公的役割を果たしているのかと、指摘したい。
 これでは市民は自分の暮らしの保証に、議会や議員は頼りにならないとしか感じないだろう(元々期待していないとも言える)。横須賀市民は改善に向かうより、無関心やあきらめる方が多いから、益々市議選の投票率は下がるだろう。
 まあ数だけ40人揃えて、毎年5億円ほどの議員人件費払って、こんなレベルなら、主権者・納税者は次回選挙で大幅定数削減を求めるべきかも知れない。


 


# by ichiyanagi25 | 2020-03-06 14:50

新型コロナウイルス不安と不満の解消を

新型コロナウイルス不安と不満の解消を
 
 新型コロナウイルス対策で安倍政権の対応が後手後手だと、地上波メディアからも批判が出ている。 
 安倍首相及びこの政権は、いかなる事にも根本を理解しておらず、自分達の権益を最大化することしか考えていないから、こうなるのは必然だ。
 政治は不安・不快の解消の為にある。それが一向に実現しない原因は議員を送り出す主権者の半分が、自分に与えられた国民の権利である参政権(投票して自分の代表を議会に送り出す権利)を放棄している事にある。
 民主政体を現す格言に「国民のレベル以上の政治家を持つ事が出来ない」があるが、日本の現状はまさにこの状態にある。
 自分の考えを議会で現す代表を国会や地方議会に送り出すことが、自分の暮らしと命を守る事になることを全く自覚できていない。何という不幸なことだろうか!
 これは国家(米に従う歴代政府)が、国民が真の権利意識に目覚める事に怖れ、政治に関心が行かないように洗脳しているからだ。だから義務教育課程はもちろん高等教育でも民主政体における主権者の役割、権利行使の重要性を教えないのである。
 そもそも論はともかく、新型コロナウイルス感染のこの状況を見ると、20世紀中頃までに行ってきた医療体制は各国共に、大量死に繋がる感染症対策が主任務であった事を忘れてきた、この40年のツケであるように思われる。
近代医療の原点は感染症対策
 50代以下だと直接見聞きしていないから、実感がないだろうが、日本でも1960年代までの医療の中心は感染病対策であった。
 当時は結核が一番の感染症だった。今のご存命の80才代では本人が結核にかかった人、また家族、友人、知人で結核にかかった人、また亡くなった人が大勢いた。
 私自身の経験でも親戚や先輩達に結核患者がいたし、初当選時同じ会派の先輩2議員も結核患者であったことを話してくれた。
 結核療養所も各地にあった。横須賀では野比の共済会病院、能見台の今の循環器センターも結核専門所だったし、小坪にもサナトリウムがあった。
 1960年代中頃までは敗戦により、普通の人の住環境は極めて不衛生であった。先ず住宅のほぼ全てがくみ取り便所で有り、これが不衛生きわまりなく、感染症の元凶であった。そしてごみ処理も非効率であったし、道路も幹線道路以外は未舗装で、晴れれば土埃が舞い散り、雨になれば泥濘(でいねい)は酷く、サラリーマンは革靴をロッカーに置いておきゴム長で出勤せざるを得なかった。
 それに加えて昭和20年代中頃までは、食糧不足であり、餓死を免れる最低の栄養補給状態であった。人々が肉を気安く食べられるようになったのは、高度経済成長が波に乗り池田内閣の所得倍増が普遍的になった1960年半ば以降である。
 60年代前半迄は肉だけでなく卵も高くて滅多に食べられないし、1950年代前半まではバナナ1本が何とラーメン3杯分ほどの価格だった(だから子供は病気見舞いか誕生日以外はバナナは食べられなかった)。
 国民多数は栄養状態が悪く、感染症に打ち勝つ体力をもてなかったこともある。私自身小学2年生頃に法定伝染病(当時は感染症を伝染病と称した)の猩紅熱(しょうこうねつ-抗生物質の開発により98年に伝染病から外された)にかかったことがある。
 1960年代までは栄養状態が悪いから寿命も短く、多くの会社は55才定年制で、60にもなれば、今では想像も出来ない年寄の体で、70才まで生きるのはまさに古来まれ(古希)であった。
 故に赤痢は良く流行ったし、50年代後半までは子供の死亡率も多かった。
 子供死亡は1961年の国民皆保険になる前は、医療費全額負担で医者にかかれなかった国民が多かったこともある。
 不衛生のもう一つは飲料水で、水道普及も今では想像も出来ないくらいに低く、多くは井戸水だった。抵抗力の弱い乳幼児は水の悪さも死亡率に直結するのである。この様に感染症はごく身近だった。
 しかし、医療的に言えば感染症対策は医療が最も効果を発揮できるのである。天然痘が撲滅したりで感染症が人々の命を脅かすことがなくなって30年、厚労省の医療任務はがんや成人病対策となり、はてはメタボ対策などですっかり感染症対策の重要性を忘れたようだ。
水際作戦失敗も安倍政権のツケ
 その状況で起きた今回のコロナウイルス対策であるが、もう水際作戦に意味はない。メデイアが厳しく指摘しないが、この水際作戦も安倍政権の失敗である。
 武漢省のウイルス発生は昨年11月から出ており、12月には武漢省で顕在化していたのに、年末年始に政府は一切水際作戦を取らなかった。
 それどころか観光客積極受け入れのインバウンドとかを推し進めるままで、武漢を含む中国人観光客を野放図に受け入れてきたのである。
 そして今度は感染の疑いがあるとして、非人道的なクルーズ船プリンセスダイアモンドの隔離方式をとった。
 そして安倍政権は金をかけたくないのか、PCR検査を全国体制でやろうと未だにしていない。
保健所設置市の横須賀も能動的に動け
 新型コロナウイルスに対する右往左往を見るにつけ、感染症対策が医療の基本を厚労省もすっかり忘れ、まるでマニュアルがないようだ。
 何より国民の事を真剣に思わない安倍政権がこの状況を招いたと言えるだろう。それは加藤厚生大臣のまるで他人事のような顔つきと、緊張感のない記者会見に現れている。
 ここで根本的なことを思いだそう。医療は実際は地域で行うということだ。
 一般診療所を1次救急、そして2次救急3次救急と言うようにいくつかの市単位、県レベルの医療体制が作られている。
 そして感染症(伝染病)対策のために保健所が設置されたのだから、保健所を持つ都道府県と政令市、中核市や保健所設置市が各都道府県別に任せて対応した方が良い。
 保健所設置致自治体は速やかに協議して国に求めるべきだ。横須賀市も一般市としては1944年から保健所を持つ自治体だ。そのプライドを持ち市民に向け、不安にさせない情報提供と検査治療の施策をたてるべきだ。
 具体的には相談窓口を保健所に設けて電話が繋がらないなどの、国の不手際に対応し、機動的に対応する。
 そしてPCR検査を保険適用として、地域の感染病床をもつ病院で、検査や治療を行うなどの体制を作るべきだ。診療所からの検査要望を受け入れるシステムも早く作るなど、先手先手の不安対応を取り市民に発信することだ。
 新型コロナウイルスは死亡率は低いが、感染力はあるようだから、対応病院は受付を別に設けるなどして、市民を不安な状況におかない体制を構築すべきだ。
 市民の日常的な暮らしを守ること。これが本来の自治体の任務である事を、首長と議員は自覚して行動すべきだ。
 市議会議員も、議会の傍聴中止など「無観客試合」みたいなことを市内で大量発病もしていない段階で、早々と取るのではなくて、市民が罹患しても重病化を防ぐことや、不安を取り除くことを議会でしっかり論議すべきだ。市民代表の自覚と矜持をもってしっかり取り組まれたい。

# by ichiyanagi25 | 2020-02-23 09:52