地方議員か痴呆議員か?劣化する議員のレベル

地方議員か痴呆議員か?劣化する議員のレベル
問われている議員のレベル
 各地の第2回定例会では都議会でのセクハラヤジ(横須賀市議会はその点ヤジはなぜか殆どでない)から始まり、温泉地に百回を超える「視察」費を政務調査費で計上して号泣で記者会見をごまかしたものの、議会からの圧力で辞職した超バカから、共産党区議がツイッターでの誹謗発言をしていとも簡単に議員辞職した。また横浜では鶴見区選出の隔世二世自民議員(18日付除名)が脱法ハーブを吸って逮捕される事件まで起きて地方議員の質が問われている。
 兵庫の号泣おバカは論外だが、これだって議会事務局や議長からこんなことは許されないから、「政調費」報告出し直しをするか、もっと言えば公費支出にはなじまないので返金(役所用語なら不要額)するように再三言われていたはずだ。でなければ議会事務局や議長の任務を果たしていないことになる。それに応じないからメディアにリークされ記者会見が設定されたわけだ。
 そこであのような記者会見(言い訳を考えたが、とても無理なので号泣し、同情を買おうとした?)をしたのだろうが、2度と同じ手は使えないので、姿をくらまし、観念して辞表を提出した。
 兵庫県議会も閉会中だったろうが「待ってました」と議長は議員辞職願を受理した。しかしこれですんだ訳ではない。政調費の不正受給は詐欺罪にも当たる。市民団体から告発されるであろうが、これは刑事罰を下した方が良い。また、これほどでもないにしても胡散臭い支出をしているのは一人だけではないはずなので、他の議員に対してもオンブズマンのチエックは厳しくなるだろう。
 メディアは議員のバカぶりだけ暴くのではなく、こう言う議員を当選させた、後援会長とか役員の意見を聞けば良かったのだ。この手の議員は専門職は持っていない(元役人だったとか)はずだから政策なんて語れなかったはずだ。少子化とか高齢化に取り組むなんてのは専門分野に入らない。何でこう言う輩を応援して議会に送ったか、応援をするときに見抜けなかったのか、その責任を問うた方がよい。
 多くの問題ある議員を当選させる市民にも問題ありと思わざるをえないからだ。町内会長など地域のボス的存在や会社経営者などがそう言う議員の後援会を作ることが多いから、むしろそっちのほうの責任追及をした方が良い。送り出した側の責任が問われねば候補者の劣化は止まらない。また今回の号泣議員など後援会には以前から問題点は耳に入っているはずだから、注意も出来ていないなら余計問題だ。
議員はネットに操られるな
 また議員はネットで足をすくわれないようにした方がよい。この頃はブログよりツイッターばやりだが、かねがね私はこれは引っかけられやすい危ないツールだから、議員はやらない方が良いと思っていた(ブログだって時々とんでもない反応が来るのだから)。
 ところが共産党の区議が集団自衛権問題で「過剰」に反応(一般人同士なら問題にならない)してしまい、ネット特有の一斉攻撃が始まり炎上したら、何と簡単に議員辞職してしまった。選ばれて議席を得たことを忘れ、簡単に辞表を書くのは潔さではない。
 議員は何百、何千、何万の人に自分の名を書いて貰って当選するのだ。その人達の期待を裏切ったりしてはいけない常日頃の自覚が必要なのだ。まして当選させて貰ったのに簡単に辞表を出すという責任感のなさが気になった。
 こういう(やり取りの)ことで簡単に辞職するようなことが流行となると、これを利用して議員を攻撃する輩が必ず出てくる。
 逆に考えれば議員としてツイッターのメリットは何なのか?。自分の考えをどう表現するかは拙速さを競うことではないだろう。
 横須賀市議会でも藤野議員がツイッターに即反応した発言をして市民から名誉毀損で訴えられた。これは脱原発の集会で主催者に無断でビデオ撮影したことが発端だが、著作権と肖像権を理由にそういうマネが出来ないように措置したのだから、相手の土俵に乗る事はなかったのである。ツイッターは本当に危ないから、挑発に乗りやすい人はこんな者はやらないことだ。ネット攻撃に最良の反撃はネグレクト(反応しない)なのである。
まともな議員を養成する機関がない
 しかし国会議員も地方議員も、劣化する一方だ。
 といっても昔の議員が優れていたかと言えばそうとも言えない。横須賀の場合、蒲谷市長時代までは保守系はとにかく本会議で一般質問をしなかった。30年ほど前までは特に保守候補が選挙期間中「何とぞ私を市政壇上に立たせて下さい」というフレーズがあった。市政壇上とは本会議場の演壇のことで、イコール当選させてとのアピールである。が当選すると1回も市政壇上に立とうとしないのであった。
 議員1期目と思うが、「何で質問しないのか」と同期の保守議員に聞いたところ「俺は与党だから質問しないんだ」と悪びれずに答えた。
 質問するのは「野党」で、犬の遠吠えみたいなことを言ったから「地方議会は議員内閣制ではないから与野党なんてあり得ない」と指摘したら「わしゃ、そんな難しい話は知らん」というから「議会のイロハも知らずして立候補するな」と言って大分険悪な雰囲気になったことがある。
 しかし、質問をしないと言うより、出来ないという事に気がついた。要するに質問を構成できる力がないということと、質疑を通して自分の考えを実現しようという政策へのこだわりがないのである。今でもそうだが理事者と質疑を交わしていて詰めもなく「よろしくお願いします」と質疑を終わる議員ほど自分自身の政策が持ててない証拠だ。中継録画で委員会審議を観ると実に「お願いします」がよく出てくることに気がつかれるはずだ。
 そして分権と財源移譲をさせて地方が独立して市政を動かすことが一番の住民サービス向上に役立つと言うことを認識していない議員が多すぎる。だから今でも特に保守市議の殆どは国のやり方を批判しない。と言うか今の政権が官僚に支配されていることに疑問すら感じないのだ。官僚支配では行けないとの党人派の感覚すらない。政党優位であるべきとの党人派は本当に少なくなった。
 根本を認識できてない議員にまともな議員活動が出来る訳はない。だから「どぶ板」的矮小議員しか生まれず、町内の行事、集会にはこまめに顔を出すが、政策は全て行政頼みという議員が多い。こう言う議会だと市長以下役人は楽でしようがなくなるが、市政は停滞する。いやこれからは、停滞ではすまずに衰退し市民生活が崩壊していくだろう。
議員の劣化は誰のためになるのか
 これは戦後のアメリカに楯突かないように巧妙に仕掛けられているとしか思えないが、まともな国会議員や地方議員を養成するところがないのが問題だ。
 松下政経塾があるが民主党政権でこの政経塾出の議員が総理や閣僚になってすっかり化けの皮がはがれたが、ここは対米従属と新自由主義的に財界に奉仕する議員の養成機関である。
 この頃は松下幸之助(故人)を批判することもなくなったが、松下電器(ナショナル現パナソニック)はパクリ製品が多いので30年ほど前まではマネシタ電気と揶揄されていた。その創業者が作った政治家養成?学校だけあると言うことだ。
 大学の政治学部も何を教えているのかと思う。政経学部出の議員に聞いても本当の地方政治や自治を学ばせているとは思えない。独立国の気概を持って政治に当たることと本当の歴史を教えているとは思えない。どうしようもない国になったものだ。
 また学力優秀者は経済人にしろ官僚にしろ米東部のハーバード、イエール、プリンストン大学などの難関大学に留学するが、ここで殆どが洗脳されてアメリカに従うことに疑問を持たないエリーとして送り返される。
 ハーバードがその頂点だが、同校ではビジネススクールとケネディスクールが重要であり経済と政治の二つの分野の人材育成をしている。また同校は基本的に男尊女卑の気風だと古村治彦の『ハーバード大学の秘密』にある。90年代までは留学組でもアメリカの意のままにならない者が居たが(孫崎氏や引退した加藤紘一氏なども留学組である)今は殆ど対米従属と新自由主義者にされて日本支配の代理人の竹中平蔵を筆頭に日本売りをしている連中が多い。
 経済人でのビジネススクール出身者に楽天の三木谷が居るが、すっかりハーバードにかぶれて、同校のスクールカラーであるクリムゾン(えんじ色)を楽天イーグルスのユニホームに採用している。
反権力と地域主権を指向する議員養成こそ必要
 私が投票権を持った70年代前後には3大都市圏を中心に革新自治体が多くできて、県内で言えば横浜や川崎で革新市政となり自治労や社会党が地域などで勉強会を開いて、そこで美濃部知事や知事ブレーン(都留重人氏とか社会党きっての経済論客の木村喜八郎氏や後に作家となる童門冬二氏とか凄い人が多かった)から政治学やシビルミニマム論を聞き、飛鳥田横浜市長からは3割自治で如何に地方自治が抑圧されているかなどを聞かされ勉強になった。当時の革新自治体は公害対策に画期的なことをやって、政策面で政府をリードしたことも大きな影響を受けた。
 また自治労は特に革新自治体を作ろうとする動きから住民や市民運動との連携も大事していた。80年代横須賀市の職員厚生会館が木造の頃、(諏訪小の隣で駐車場のあるところがそうだった)私も含めて様々な人が相談に訪れていた。
 市職労を代表として地区労の官公労はバブル期の開発全盛の時代には安浦埋めたて問題や人工島問題などに対する環境問題や住民運動と連携した。
 なお私は70年代初めから環境問題にかかわり、好きな海を公害や埋めたてから守ることか取り組んできたが、70~80年代は常に組み合いや社会党議員との連携がありセミナーやシンポも協力して開催したり、海を潰すなと共に映画づくりをしたこともある。それで90年に社会党から非労組の市民派議員として市議に立候補しないかと口説かれたことで91年に初立候補して今日に至る。
 エリート教育に対する草の根の人材や保守でも弱者への共感を持つたたき上げとか、反権力の議員を生み出す養成機関がなくなってしまったことが、政治家劣化に多いに関係していると思わざるを得ない。
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by ichiyanagi25 | 2014-07-20 10:31

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