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コロナ不安の中で2本の映画を見る

コロナ不安の中で2本の映画を見る
 不安を煽るだけじゃ駄目だろう
 新型コロナウイルス対策で自粛そして閉塞ムードが凄い。
 映画館でも安倍の後手後手対応に、すんなり従って上映中止に踏み切るところと、そうでないところがある。しかしオリンピック延長が決まった途端、検査数の絞りを緩めたから1400万人都市の東京で50人規模の感染者が続いているのを受けて明日からの土日は自粛要請出したから、多くの映画館が自主閉鎖を決めた。
 また権力者の「要請」に弱い多くの国民はまたもや買い占めに走り出して、トイペーも又売り切れだ。食料の買いだめも凄い。保存食だけでなく肉も売り切れ。馬っ鹿じゃなかろかだ。
 主権者意識がない印だ。肉、野菜まで売れきれるとはもうお笑いだ。これではショックドクトリンで法的根拠のない私権制限にも、「おかしい」との声は上がらないだろう。
 また首都圏の知事が相次いで移動自粛を呼び掛けているが、県議会の関与も与えるべきだ。この様な私権制限を知事の専権事項にするのはマズい。
 議会は行政のチエック役だから、緊急事態宣言を出すときなどは臨時議会を即時開いて質疑を行い、議会同意を得ることも大事だ。
 この指摘がどこからも出ないが、強権発動には主権者代表のチエック同意は必要だ。
 それと政府と自治体は感染防止と称して、都市封鎖だとか不安を煽ることばかりしていないで、大量感染者がでても検査治療が出来る医療体制を早く作る事だ。これは都道府県が主体性を持ってやるべきだ。
 小池は本音をむき出しに、都を守る事は国を守る事だと言っていたが、国を守るのではない。国民の命と暮らしを守る為にやるのだ。
 感染にしても地域差があるのだから、検査治療体制の確立整備は都道府県及び保健所設置市が対応するのが一番良い。国は休業補償などの対応を迅速にやることだ。現金給付より商品券だとか、この後に及んで利権を考えているのなら、とんでもない。

 さて映画館も封鎖や上映時間変更も多くなる中で、先週末から2本の映画を見た。その感想を。
前橋陸軍飛行場の映画
 先ずは横浜シネマリンでの『陸軍前橋飛行場 私たちの村も戦場だった』の感想。
 タイトルに陸軍前橋飛行場とあるように、なぜ内陸部の前橋に飛行場が出来たか?対米戦で航空機の消耗戦が始まり、特に昭和17年夏以降にはソロモン、ニュギニア方面での陸海軍機の被害が増していく。陸軍でも操縦士や搭乗員の急速錬成が必要となり、1943年に泥縄式に日本各地に訓練練習用の滑走路が作られた。そのドキュメンタリー映画である。
 前橋も訓練用の一つであるが、操縦士の養成には最低でも1年は掛かるから、昭和19年に前線に送られた多くの操縦士は、そのタイミングから特攻要員とならざるを得なかった。
 そのことをメインに取り上げるのかと思ったら、特攻についての掘り下げはあまりなく、最期は前橋空襲被害の話しに行ってしまった(証言を取りやすい)。だからタイトルには「私たちの村も戦場だった」になっているが、前橋は群馬の中心都市だから飛行場があろうとなかろうと空襲には遭ったろう。
 戦後75年だから生き残りの証言者は、当時せいぜい20代前半が良いところで、軍や行政の上層部だった者からは聞き出せない。また取材する側も戦後生まれも良いところで、父母でなく祖父母が戦争体験者の年齢30,40代では、当時の様子が全く想像も付かないから、えぐり出す対象が中途半端に感じられる。
 この映画作りのきっかけは、戦時中に急に作られた陸軍前橋飛行場にあり、そこで育った搭乗員の多くが特攻隊に送られたわけだ。だが特攻への批判が少ないのである。
特攻に至る亡国日本海陸軍の愚劣
 作戦外道の極みとも言える特攻作戦が1944年10月下旬以降、敗戦の日まで10ヶ月も続いて、超優秀の若者を4千名以上もなぜ殺したのか!の責任を問う視点がないのである。
 なぜ特攻に至ったのかの掘り下げが少ないのはこの映画だけでなく、日本のアジア太平洋戦争の評価、そして現代史の研究の欠陥であると思う。反戦を言う左翼や市民運動にも同じ事が言える。
 さて、日本海軍はなぜ特攻に行ったかであるが、それは1942年夏以降、とりわけ1943年に行われたソロモン海域での海軍と米陸海軍の航空部隊の戦いにある。ここで日本海軍は取り返しの付かない損害を蒙る。
 そして42年に起きた3つの機動部隊同士の戦いで、日本の攻撃部隊がアメリカの対空砲火で激甚なる被害を受けたことだ。これで日中戦争からの空母から発着艦できるベテランパイロットが多く失われた(航法誘導や救命システムの欠如など人命軽視が被害を多くした)。
 多くの戦記物でミッドウエー海戦での敗戦で、多数の搭乗員が失われたとあるがこれは大嘘である。日本は4隻の正規空母を沈められ、300機以上の搭載機全てを失ったが、搭乗員は飛龍乗り組みの数十名とミッドウエー島攻撃の際に撃墜された数機の搭乗員分しか死んでいない。空母が4隻全て沈んだので搭載飛行機は全没であるが、飛龍以外の空母3隻は発艦前に飛行甲板がやられたので、搭乗員は優先的に駆逐艦に移乗させられ横須賀に帰ってきている。
 もっとも搭乗員被害の多かった海戦は1942年10月の南太平洋海戦で130名以上が未帰還、戦死している(艦功は3人艦爆は2人搭乗だから被害人数は多くなる)。
 失敗から教訓を学ばない日本軍部の思考欠如の現れで、搭乗員損耗が積み重なり敗北する。昭和18年後半では完全にアメリカ側がパイロットの練度でも、艦上機の性能でも上まわったのである。零戦はこの時、既に陳腐な存在になっていた。この時期通常攻撃で戦果は薄いと、自爆特攻が海軍内で考えられ始めているのである。
 そこで何で特攻に至ったかであるが、それは1944年に起きたマリアナ海戦と台湾沖航空戦にある。ここについても殆ど言及がないので詳述したいと思う。
マリアナ海戦での搭乗員大悲劇
 先ずはマリアナ沖海戦である。
 この時アメリカはエレクトロニクス技術で圧倒的に日本海軍を凌駕していた。
 先ず索敵レーダーだが、この頃には米海軍は高度策定レーダーも完備しており、2,3百キロ先の攻撃部隊の進路高度、またその規模を把握できた。
 そして何より凄いのは対空兵器とその射撃管制装置である。これにより急降下爆撃と雷撃が全く主要艦艇に近づけずに撃ち落とされることになった。
 日本の小型高速機への対空砲火の命中率は1~2%くらいだが、アメリカの撃墜率は数十%に及ぶ。
 アメリカは早くから脆弱な空母の対空防御を考え、レーダー索敵と対空射撃管制装置(レーダー利用)の開発に力を入れた。
 珊瑚海海戦と南太平洋海戦で日本側の撃墜機が多かったのは、この為である。さらに1943年になると先ず有効射程5Kmの高角砲(12,7cm砲)、そして3千m以下に迫った機への対空砲火の40ミリボフォース機銃、更に千メートル以下に迫る飛行機用の20ミリエリコン機銃(零戦に積んだ機銃と同じ)を組み合わせ隙のない防空射撃網を構築した。
 1944年以降は更に命中精度を高めるために高角砲砲弾に時限信管でなくVT信管(打ち出されると砲弾から電波発信して飛行機の10m数以内に近づくと自動的に破裂し、多数の弾片と爆風で飛行機を破壊する)が駆逐艦以上の各艦に配備される。
 この海戦でアメリカ軍艦の損害が軽微なのは、激しい対空砲火により日本機が有効射点に近づけなかったためである。
 マリアナ海戦は日本は乾坤一擲で正規空母3隻を含め400機以上の攻撃を仕掛けるが、向かってくる大編隊を把握した米機動部隊は、数百機の迎撃戦闘機を配置して、空母艦隊の遙か手前で、まず多数の日本機を撃墜した(作戦中350機以上を戦闘機が撃墜している)。
 なおこの頃の日本の操縦士の大半は未熟で、逃げ方が下手で撃ち落とされたし、悲しいことに攻撃後に航法の不備(帰投誘導の欠陥)で機位を失い帰投できずに死んだ者も相当いる。 
 要するにこの海戦で日本は正規空母2隻を含め3隻の空母を撃沈されたことと、母艦搭乗員の大半を失い、2度と機動部隊を編成できなくなった。
 日本の搭乗員戦死445名の大被害に比してアメリカに1隻の沈没艦もなし。そして米側の搭乗員死亡は6分の1の76名である(米側の損失機数は130機にのぼるが、夜間の着艦失敗や燃料切れ覚悟の攻撃により、帰投時の洋上不時着が併せて90機あったが、洋上不時着は配置された駆逐艦にほぼ全員救助されている)。
 この海戦に敗れサイパン、テニアン、グアムを取られB29の発進基地となり日本は空襲される。マリアナの敗北とサイパン失陥は、東条内閣が倒れるほどの大敗北であった。
台湾沖航空戦で完敗で特攻作戦へ
 機動部隊がなくなり、通常の攻撃では成果が上がらないので海軍は、薄暮、黎明、夜間または荒天でもで攻撃が出来るような部隊を陸軍と共に造り上げることにした。これでフィリピンに押し寄せる米機動部隊を迎え撃とうとしたのであるが、向こうは夜間戦闘用グラマン戦闘機にレーダーまで積みだしていた時期だから、この部隊がどういう目にあうか戦記オタクで無い人でも想像がつくだろう。
 台風時にでも攻撃できると言うことからタイフーンの頭文字を取ってT部隊と言われた部隊もあった。指揮者は源田実である。
 そして10月12日から4日間台湾~沖縄方面の機動部隊に攻撃を仕掛けた。米機動部隊に向け1000機を超す陸上からの攻撃部隊(陸軍機は新式爆撃飛龍などが少数加わった)が投入されたが、重巡2隻を中大破、空母1,2隻に損害を与えたのみで3百機以上を撃墜されてしまった。
 しかし夜間薄暮なのでの未熟搭乗員が味方機の撃墜時の火炎や爆発を、敵艦の撃沈撃破と見間違え、大戦果を報告。それを点検することなく鵜吞みにする上層部により空母10隻を撃沈とする大戦果を大本営発表し、なんと天皇にも上奏された。戦果確認が極めてずさんな上に、これまでの戦闘からこんなに戦果が上げられるのか?と思わない軍令部の頭脳構造が問題である。
 海軍はその後の偵察結果から、1隻の米空母も沈めていないことに気がつくが、これを陸軍にも隠す。
 要するに日本機の通常攻撃では、近づくことも出来ずに撃ち落とされ、米艦1隻も沈められない事に至った。ならば、ここで海軍としてはもう戦えないと言うべきであり、当然、戦火が国内に及ぶ前に講和を考えなければならないが、狂気の陸海軍(特攻は海軍が主導した)は、国民犠牲の上に戦争継続を決めて、大学生など優秀者を利用しての特攻一本槍で行ったのである(特攻を非難し、練度を上げて通常攻撃を貫いた部隊は海軍の美濃部芙蓉部隊くらいなもの)。
 なお忘れてならないのは航空特攻を始めたのはレイテ海戦時で、戦後「善玉」と扱われた海軍である。
 レイテ海戦では機動部隊が編成できず、これまで遊んでいた残余の戦艦群で米空母部隊や輸送船団に突入攻撃することにしたのだが、この部隊への米機の攻撃を少しでも減らすために、空母甲板に穴を開けようで特攻が始まった。
 最初の特攻攻撃は海兵出の士官と予科練組で行われた。米側としては自爆攻撃すると思わないので、特攻攻撃は功を奏して軽空母などを撃沈した(但し少数に留まり戦の方向に影響なし)。これに味を占めた海軍上層部はこれ以降特攻を常態化させ、陸軍も引きずられて、特攻を始める。
 しかしすぐに米海軍は対応策を立てて被害を少なくした。よってこれ以降敗戦に至るまで、正規空母や戦艦、重巡洋艦を特攻によって撃沈したことはない。
 レイテ海戦の結果はエアカバーなしの日本海軍に勝機はなく連合艦隊の壊滅となった。
 この時、武蔵他3隻の戦艦、ほか瑞鶴以下4隻の空母、10隻もの巡洋艦が撃沈され連合艦隊はこれで壊滅した。なお空母は囮(おとり)艦隊となってハルゼー機動部隊の攻撃を吸収する役を買ったが連携も旨くいかずに、戦艦郡は小型護衛空母を沈めただけでこちらも事実上壊滅した。
優秀エリートを4千名以上殺した
 要するに海軍はマリアナと台湾沖航空戦で通常攻撃では撃墜されるだけで一艦も沈められないとして、航空特攻に特化したのだ。戦略的には人的被害を強いればアメリカは講和に応ずると願望を抱いたのである。全く自己都合でしか敵を見ないのである。
 この愚劣きわまりない軍部により大学生の超優秀な搭乗員と、予科練や陸軍少年非行兵あがりの下士官搭乗員が犠牲になった。
 昭和18年の学徒出陣で大学生が理科系以外の徴兵猶予がなくなり、陸海軍に取られた。海軍はこの大学生を搭乗員や偵察員に仕立てて特攻をになわせた。
 今の大学生と違い当時の大学生は超優秀性である(旧制中学は入れるレベルは今の国公立大学に匹敵するだろうから、公立私立を問わず大学生は超優秀だった)。
 もし特攻でこの人達が死んでいなかったら、戦後の日本の経済や工業発展はもっと凄かったろうし、五輪でもメダリストが何人も出たろう。また野球でも川上、別所を凌ぐ選手も出たことだろう。
 予科練でも陸軍航空隊でも操縦士になれるのは下士官でも皆秀才である。航空特攻だけでなく潜航艇、果ては震洋ボートによる特攻も組織化された。震洋艇など機銃で撃退され殆ど効果はなかったろう。
 近代戦が出来なくなったらもう負けだ。国民の犠牲を拡大させることなく、講和交渉に行けなかった軍部と政府(昭和天皇にも)に徹底批判を加える必要があるのだ。
 映画もぜひその点を貫徹して貰いたいと強く思った。
 なぜ特攻に至ったのか、その原因を探る記述が余りに少ないので、長文になってしまった。もう一つの映画は次回に譲る。 


by ichiyanagi25 | 2020-03-27 19:20

管・野田内閣の中枢は政界引退させる

管・野田内閣の中枢は政界引退させる
 
 新型コロナウイルス対策特措法で枝野立民は見事に安倍に抱きつかれて、賛成に回ってしまった。
 民主党政権時、自分達が作ったウイルス特措法で十分適用できるとした「正論」を投げ捨て、あっという間に賛成した。
 加えて森法務大臣の驚愕答弁で首を取れるチャンスも捨てて賛成に回ったのは、度しがたい。安倍に取って代わるという気構えが全くない。
 特に今回の安倍独裁の道に通じる強権発動をまさにショックドクトリン(火事場泥ボー)でやらせたことだ。
 これで国民を馴らして憲法改正では一気に国民の私権を抑制する事への地ならし。と言う警戒感がなさ過ぎる。
 今回はまさに安倍という低脳独裁者気取りに準戒厳令とも言える、国民私権制限の刃物を与えた事になる。
 慣用句に「キチガイに刃物」があるが、まさに立民、国民そして社民はこの慣用句に匹敵することを許した。社民が反対しなかったことも問題だ。これでは益々自滅の道に進むと言うことだ。小なりとも存在意義を示すことをしない。
消費税5%を言わないのは野党ではない
 そして枝野らはこのコロナウイルス対策で経済はガタガタになり、特に低所得階層や零細事業者の死活問題かしつつある中、消費税を緊急避難で下げよと言う主張もしない。
 ハッキリ言おう。管と野田政権の中枢にいた連中は、自民党と殆ど変わらない連中と言うことだ。アメリカに追従し新自由主義に対して明確な批判をしない。
 市民運動はもう此奴らに甘い顔をしないで、次の総選挙で消費税廃止に向けて5%減税共闘しないならば投票しないことだ。れいわを中心とした新野党勢力を延ばすしかない。
 仮に枝野立民が政権を取ったとしても、管、野田政権の再来にしかならない。
 もっともこの連中の本音はアメリカに命令されるままの政権交代などしなくても良いと考えている連中だから、自分の議席さえ守れれば良いのである。
 失われた30年は全て安保体制下の従属国家であることに気がついて、暮らしと命を守るために独立を志向する、矜持ある政治家と政党を育てるしかない。



by ichiyanagi25 | 2020-03-17 13:41

市長と市議会はこれで良いのか?

市長と市議会はこれで良いのか?
 
 新型コロナウイルス対策で安倍政権の対応が後手後手にまわり、右往左往状態にあるのは今や全国民(余程の安倍信者でない限り)共通理解となっている。 
 安倍首相は殆ど閣内で論議もしないまま、全国小中高校に一斉休学要請を出した。
 PCR検査対応も厚生省や国立衛生研の妨害か一向に展開せず、検査も民間活用なら1日9万件に対応できるというメディア報道に逆らうように、未だに1日千数百件と国会答弁している。
 検査対応と診療体制を各地で確立すれば不安は一気に解消する。また感染しても平均どのくらいで回復するとか、死亡率は1%台である事などを情報公開して、不安解消に努めるべきだろう。
 不安状態に置くからデマ配信やメディアの映像で、煽動されやすい国民が煽られトイペー・ティッシュが先週半ばから店頭から消えている。
 遙か昔の73年オイルショックや3,11後の原発事故の時と同じ状況だ。この国の国民多数は本当に学習効果がない(だから安倍が7年も総理をやっていられる)。この点国民にも責任(自分で自分の首を絞める意味)がある。
自治体の役割は日々の暮らしの保証
 ところでこういうような浮き足だった状況に、日常の生活の保障をする自治体は何をしているかだ。この場合市民から選ばれて公務を担当する市長や市議会議員を指す。
 横須賀市の市長と市議会は何をしているのか、浮き足立つ市民に具体的な発信(明けない夜はないとかの精神論的頑張ろうはある)がない。
 上地市長は議員時代地域主権を掲げ、ニューウイング横須賀(会派名はこの後に地域主権会議とまでつけた)で一貫して団長を務めていたが、市長になるとすっかり自民党的市長となり、地域主権論は議会に置き忘れてきたようだ。
 安倍の一斉休校要請にも無批判に応じて、市民にHPで呼びかけを出しているが、他の自治体が独自対応しているのと比しても、主体的に考えたと思われる様子がない。
 一番問題と感じるのは保健所設置市の市長で有り、市民病院を二つ持ち感染病床を6床を持つのに、具体的に市民に何を担保できるかを一切発信していないことだ。この状況に対する保健所設置市としての国への要望をどうしているかも示していない。
 今やるべきとこは、横須賀での感染者対応やPCR検査対応を、どうするという具体論を示して市民への不安解消をすることではないか。
 浮き足立つ市民がトイペー、テッィシュ、またマスクの買い占めに走ることにも何らの声明も出していない。全て国任せのように写り、地域主権に基づく主体的対応は見られない。
 市民の生命財産を犯罪から守るのは警察の仕事であって、自衛隊ではないように、市民の日常の暮らしを守り保証するのが自治体の役割だ。だから自治体主権論なのだ。
 主権者は選挙で代表を選んで市民1人1人が持つ主権の行使を代表に信託しているのである。私たちは改めてこの民主政体(デモクラシー)の大原則を確認しよう。
市議会議員もの何をしているのか?
 一方市議も2元代表制の主権の行使者である。議員は行政監視をする役割を持つ。だから今回の危機に対して市議会は何をやっているんだと言いたい。
 特別委員会を作るでもなく、連合審査もしない。議会最終日に国に意見書を出すとか言っているが、スピードが大事と言われる感染症対策や、この状況から地域経済の混乱も必至であるのに、全く対応する術を知らないようだ。これでは信託に応えていないではないか!
 本市議員は年合計1300万円ほどの報酬や政務調査費を貰っている。それがこのレベルの動きである。これが主権の行使を行う市民代表で(十分な報酬を貰う)公的役割を果たしているのかと、指摘したい。
 これでは市民は自分の暮らしの保証に、議会や議員は頼りにならないとしか感じないだろう(元々期待していないとも言える)。横須賀市民は改善に向かうより、無関心やあきらめる方が多いから、益々市議選の投票率は下がるだろう。
 まあ数だけ40人揃えて、毎年5億円ほどの議員人件費払って、こんなレベルなら、主権者・納税者は次回選挙で大幅定数削減を求めるべきかも知れない。


 


by ichiyanagi25 | 2020-03-06 14:50